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第57話 続・山田オッサン編【37】
改札を抜けてほどなく、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。鈴木だ。
珍しくイヤホンなんか突っ込んでやがるから背後から忍び寄って片方奪って耳に入れたら、ロックの知らない曲が飛び込んできた。
「鈴木お前、こんなん聴くのかぁ」
「本田くんに押し付けられたんスよ」
イヤホンを奪われたことに動じる素振りもなく鈴木が答え、2人はコードで繋がったまま会社を目指して歩いた。
「洋楽?」
「いえ邦楽っす」
「あ、そーなんだ。若い子たち?」
「そうっすけど、その言い方にトシを感じますよ山田さん」
「だってもう若くねぇし、だからこそ若さのニオイに過敏になってんだぜ」
山田が言うと同時に、2人はふと足を止めて振り返った。
若さのニオイならぬ、どこか殺気にも似た空気が背後に迫ってるのを感じたからだ。
「おはようございます、山田さん」
「おぅ本田」
山田は答えてから鈴木を見て、また本田を見た。
「鈴木には言わねぇの?」
「何をですか?」
「おはようございますって?」
「もう言いました」
いつ言ったんだよ? ツッコんでいいものかどうか内心悶えつつ気迫に押されてイヤホンを耳から引っこ抜く山田の前で、乙女ゲー王子がやたらキリッとしたツラを上司に向けた。
「鈴木さん。僕の言い分も聞かずに先に行っちゃって、こんなとこで山田さんと仲よくしてるなんて僕への当てつけですか?」
え? 言い分って何だよ本田? 当てつけってナニ?
「何言ってんの本田くん。別に仲よくなんかしてないし。イヤホンなら山田さんが勝手に片っぽ取ってっただけだからね」
え? なんか知らねぇけどソレ言い訳だよな鈴木?
「何度も言いますけど、あれは誤解ですからね! もうわかったって昨夜あんなに何度も言ったくせに、まだ怒ってるんですか?」
アレって何? 誤解って何だよ本田?
もうわかったって、どんなシチュエーションで何度も言ったんだよ鈴木?
てか昨夜そんなにモメて、でも朝まで一緒だったんだよな? どっちの家にいたんだよお前ら? いやどっちだっていいけど──だからどんな誤解でどうトラブって、どんな手段で解決を試みたんだよオマエら!?
煩悶が最高潮に達したとき、不意に脇から腕を絡め取られて山田は顔を向けた。
「おはようございます山田さん」
知らないメガネ女子がそこにいた。
「おぅ……誰だっけ?」
「嫌だ、営業部の納涼会でお話ししたの憶えてません?」
「えーっと」
「一課のホンダです」
「え、ホンダ?」
そのやり取りに、そばにいた鈴木と本田も反応した。鈴木と山田の目が女子から乙女ゲー王子に移る。
「妹?」
「違います」
「ホンダさんなんですか?」
女子に訊かれて本田が頷く。
「私は多いほうの本多なんですけど、同じですか?」
「いや、田んぼのほう」
「そうなんですかぁ。あ、私、本多昴です」
彼女の自己紹介を聞いて野郎3人は沈黙した。ホンダスバル?
「クルマメーカーみたいですよねぇ? 父の遊び心で、まったくもう」
メガネ女子が拗ねたように可愛く唇を尖らせ、元祖クルマメーカーコンビがチラリと目を交わし、1人だけメーカーが被らない上に1人だけ軽専門のスズキのツラを敵意のようなモノが掠めるのを目撃した山田が、いまだ腕にくっついてる女子を見て再び訊いた。
「で──誰だっけ?」
「スバルです」
「それは今聞いたけど」
「今じゃなくて、納涼会のときにも言いましたよ! ホントに憶えてないんですか? あ、メガネのせいかも?」
言ってメガネを外した女子の顔を見て、山田はようやく思い出した。確かに営業部の飲み会で見た顔だ。でもあのとき、彼女が去ったあとで二課長が耳打ちしたところによると、それが佐藤に入れ込んでる一課の新人とかいう話だった。
なのに何故、こうして山田の腕にブラさがってるんだろうか?
「あのときはメガネじゃなかったよな?」
「伊達なんです」
「なんでまた?」
「あのとき山田さんが、巨乳女子かメガネ女子が好きだって言ったんですよ。巨乳はシリコン入れるしかないけどメガネなら簡単ですから!」
言ったっけ。山田は反芻しようとしてやめた。酒の席のテキトー発言なんか思い出せるワケがない。大方、名前も聞いたんだろうけど同じく記憶にない。
で──だからナンで、佐藤に入れ込んでる新人ジョシが山田の好みに合わせて変身しようとしてんだ?
「なるほど、こないだから急にメガネになったと思ったらそういうわけか」
「あれ佐藤?」
声に振り返ると、会議があるとかで先に出勤したはずの同居人が立っていた。
「こんなトコで何やってんだ? 会議は?」
「終わった。で、朝メシ食ってなかったからコンビニに行ってきた」
「お前、俺のメシは作ってったのに自分は食ってなかったのかよ?」
「時間がなかったんだよ」
「やめてください、その新婚家庭みたいな会話!」
サンオツリーマン2人の会話に伊達メガネ女子が体当たりで割り込んできた。
「山田さん私、佐藤係長よりずっと美味しい朝ごはん作れる自信ありますから! ていうか練習しますこれから!」
「うん? え?」
山田が戸惑ったツラを佐藤に向けると、係長は眉を上げて小さく肩を竦めて寄越した。
ンなガイジンみてぇなジェスチャじゃわかんねぇし!
山田が内心ツッコんだとき、横で後輩の声がした。
「おやおや、いつの間にか女子のライバルが出現してたんですねぇ」
そういう鈴木こそ、さっきまでの言い争いはどこへやら、いつの間にか本田と赤いイヤホンのコードで繋がって立っていた。
山田は腕にブラさがるメガネ女子と赤い糸で繋がってる後輩2人とコンビニ袋を手にした同居人を順に見た。
だから一体、何がどうなってんだよオマエら!?
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