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第58話 続・山田オッサン編【38】
「よぉ田中」
「おぅ山田」
廊下でバッタリ出くわした2人は、そのまま何となく喫煙ルームに向かって歩き出した。
「最近なかなか会わねぇな、まだ忙しいのか?」
「あぁ、まぁだいぶ落ち着いたけどな。一件難題が残ってっから、あとひと息ってとこだ」
「そっか。クソ忙しいのにあんなイベントもぶっ込まれるしなぁ」
あんなイベントとは、言うまでもなく営業部納涼会のことだ。
「でもアレを無事仕切ったせいで企画課の株も上がったんじゃねぇか?」
「ハゲ部長の覚えがめでたくなったところで有り難くも何ともねぇよ。それに余計なモンも増やして佐藤にはブーブー言われるしよ……あ、ちょっとコーヒー買ってっていいか」
田中が言って、自販機の前で立ち止まる。
「余計なモンって何だよ?」
「あぁ、山田お前、納涼会んときにお前と話してたウチの若ぇヤツ憶えてるか?」
「ウチって企画課の?」
「そう」
「うーん? 憶えてるよーな、憶えてねぇよーな?」
山田が曖昧に答えると、田中が缶コーヒーを手に首を振った。
「アイツも報われねぇな」
「なんの話だよ?」
「ソイツな、総務の子と付き合ってたんだけど別れちまったんだよ。納涼会のあと」
「人生、出会いがあれば別れもあるな。んで、それがどうしたんだよ?」
「ハッキリとは言わねぇけど聞いた話を繋ぎ合わせると、どうもお前のことが頭から離れなくなったのが原因らしい」
「はぁあ?」
「本人はまだ混乱してるみてぇだけど、いずれ肚を括ったらお前に何か言ってくるかもしんねぇぞ」
「いや肚を括る前に目が覚めんだろ。てか、こないだも納涼会んときにどうたらってジョシがいてよ」
佐藤にアプローチしてたはずの一課の新入り女子が何故か自分に乗り換えていた話を、山田は首を捻りながら聞かせた。
本来ならそんな女ゴコロを言いふらすべきではないが、彼女の臆面のなさにはデリカシーがどうたらとかいう必要性がどうにも感じられなかったからまぁいいかと思った。
果たして田中は、あぁ……と頷いた。
「それ、こないだ佐藤から聞いたな。そんときにさっきのウチのヤツの話をしたら、納涼会で余計なモンばっか増やしやがってってゴキゲン斜めになっちまってよ。アイツ」
「お前に怒ったってしょうがねぇだろ」
「まぁそうなんだけど、お前らにとっちゃ企画課の代名詞みてぇなモンだろ? 俺は」
「企画課の発案でもねぇじゃん、納涼会?」
「でも企画はしたからなぁ」
苦笑した田中を山田が見上げたとき、ちょうど喫煙ルームに到着した。
ガラス戸の向こうをよく見ないまま無造作に開けると、田中よりも企画課の代名詞的な野郎がいた。
「──」
「あ、おつかれさまです山田さん」
小島タイプのくせに煙草を吸う企画課長は、人当たりの良さげな笑顔で挨拶を寄越した。
「あぁ田中さん、午後の打ち合わせの会議室どうなりました? 結局」
「あ、第2を抑えましたよ」
「そう、ありがとう」
煙草は吸うけど小島的にソフトな物言いをする企画課長は、愛想の消え失せた部下を気にする風もなく笑顔をそのまま山田に向けた。
「納涼会はお疲れさまでした、山田さん」
「いいえ、そちらこそ」
「あのときは、やっとゆっくり話す機会ができて良かったですよ」
「話しましたっけ?」
言って山田が咥えた煙草の先に、ソツのないタイミングでライターの火が翳された。
その瞬間、企画課の係長と二課のヒラは同時に思った。コイツ──外観と言葉遣いだけじゃなく、こんなスタンスまで小島タイプでいやがる。
どうも、と呟く山田の横でヤベェな、と田中が呟いて顔を顰めたとき、喫煙ルームの入口が開いて誰かが顔を覗かせた。
「課長、あ、係長もいたんですね。渡辺さんの件、いま電話あって──」
そこまで言って、田中の陰になって見えてなかったらしい山田に初めて気づいたソイツが唐突に黙った。
山田は思った。コイツ見たことある。
てか田中がさっき言ってた、例の若ぇヤツじゃなかったっけ?
「や──」
名前を言おうとして痞えたのか、一文字だけ漏らしてみるみる顔を強張らせたソイツは、上司たちに用件も伝えず脱兎のごとく走り去った。
小島タイプの企画課長がらしくもなく厳しいツラになって山田を見た。
「山田さん」
「はぁ」
「頼むからちょっと行って彼と話をしてもらえないかな」
「は? 話ってなんの」
「何でもいいですよ、お疲れさまとか、仕事大変そうだけど頑張れよとか」
「はぁ? 何スかソレ?」
ワケがわからずにいると、横にいた田中にグッと二の腕を掴まれた。
「今アイツにお前を見せたのはマズイ、俺からも頼む……! 今やってるデカイ仕事が終わったら飲みに行かねぇ? とか優しい言葉をかけてやってくれ」
「え? ナンで俺が? 優しい言葉って何なの? てか行かねぇし飲みとか、お前までナニ言い出してんの田中?」
「その場限りの方便でいいんだ山田!」
「山田さんさえ機能してくれればうまくいくんですよ」
「俺を企画すんな、企画課! 俺は歯車を円滑に回すためのプロジェクトか? あァ? だいたい田中お前さっき、余計なモンがどうたらって佐藤に怒られたって……」
「佐藤が怒っても仕事は滞んねぇけど、いまアイツに踏ん張ってもらわねぇと困るんだよ!」
鬼気迫る企画課係長のツラを見て、二課ヒラ社員は目を三角にした。
「野郎ってのはまったく、仕事のためならどこまでも自分勝手になれる生きモンだよ!!」
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