59 / 201

第59話 続・山田オッサン編【39】

 とある午後、新規参入の取引先が挨拶に来るということで山田は本田を伴って来客対応をさせられていた。もとい、命じられた──とにかく本田とともに、来客対応のため会議室のひとつに赴いた。  が、ドアを開けて先方の担当者と目が合った途端、何か妙な気がした。というよりも妙な『気』が飛んできた気がした。  不審に思いつつも型通りの挨拶と名刺交換を済ませた途端、相手がやたら感慨深げなツラで感極まった声を上げた。 「山田さん……! ご無沙汰してます!!」  本田が山田を見た。 「あれ? お知り合いですか?」 「いや全然」 「え? でも」  本田が山田から先方のリーマン、続いて手元の名刺へと目を移した。  山口太郎。  何かデジャヴを呼び起こす字面に、本田は数秒考えてから言った。 「あ、山田さんに十一足りませんね」  そう言った途端、件の山口氏が目を見開き、初めて存在に気づいたようなツラで本田を凝視した。  同時に山田にもデジャヴが訪れかけたが、もう少しで脳天まで降臨するってところでストップして激しくモヤモヤした。 「それ、なんか聞いたことある……!」  頭を掻き毟って身悶えるクライアントを前に、山口氏がグッと両手で拳を握って真剣な目を山田に据えた。 「もうひと息です!」 「え? やっぱナンかあんスか?」  訊いた山田に、やたら眩しい眼差しで応じる山口氏。 「もう10年ほど前になりますか、僕の前の職場で初めて山田さんとお会いしたんです。それから2、3度はやり取りさせていただいたかと思うんですが──」  本田が山田を見た。 「2、3度ですってよ、山田さん」 「うん……いや」  遠い目をする山田に、慌てたように山口が両手のひらを振った。 「あ、憶えてくださってなくても全然構わないんです! ですけど、あの」  山口はそこで、気になってしょうがないという風に本田を見て訊いた。 「もしかして山田さんとご親戚ですか?」 「え? いえ全然」 「あ、ですよね」  そこに山田がツッコんだ。 「えっと山口さん? いま顔で納得しましたよね? 俺と本田が血縁じゃないって?」 「え? いえそんなことは……」 「いいけど別に! で、ナンで親戚かと思ったんスかコイツと?」 「いえ、10年前の山田さんと全く同じことを仰ったものですから、てっきり」 「え、俺が何言った?」 「あのときの山田さんも正に、ご自身の名前から十一足りないって言ったんですよ」  それを聞いた山田の目と口が、だんだん大きく開いていく。  その脇でだんだん表情を曇らせた本田が、僕……山田さんと同じ発想かぁ──と呟いたが山田の耳には入っていない。 「あー! いた! そういうのいた!」 「思い出していただけましたか!?」 「ような気がする」  記憶は曖昧だったが、山田はとりあえず確認した。 「俺の儚い記憶によれば山口さん、そちらがお客さんだった気がするんスけど」 「その通りです。じつは僕あれから、山田さんとお会いするたびに山田さんの言動が気になって仕方なくて、それをたびたび口にしてたら上司が──憶えてらっしゃるかわかりませんが、当時の上司が山田さんをいたくお気に入りで──その上司がですね、僕があんまり山田さんのことを言うもんだから機嫌を損ねてパワハラを始めちゃって」 「はぁ?」 「で、耐えかねて今の会社に転職したんですけど、おかげさまで前の職場よりもいろんな面でずっと良くて。人生、どう転ぶかわからないものですね。ありがとうございます山田さん」 「はぁ、どういたしまして」  ボケッと答えた山田に、本田がしみじみ首を振った。 「いろんなとこでいろんな人の人生を狂わせてるんですねぇ、山田さんって」 「はぁ? ナニ言ってんのお前? 俺が他に誰の人生狂わせたっつーんだよ? てかこの山口サンの人生って別に俺が狂わせたんじゃねぇと思うんだけど」 「僕の人生も狂わせましたよ」 「も、ってな本田、だから俺は誰の……」 「僕がこの会社に入れちゃったのって山田さんのせいですよね?」 「は? その日本語おかしくね?」 「だから僕は山田さんのもとに配属されて、それで鈴木さんと出会っちゃったんですよね?」 「え? なんでその流れに鈴木が出てくんの?」 「鈴木さんと出会っちゃったせいで、僕は──」 「え? 待てよ本田、お前が鈴木に狂ってる責任を俺に押しつけようったってそーはいかねぇぜ!?」 「本田さんも山田さんのせいでどなたかに出会っちゃったんですか?」 「ちょ、山口サンまで何スか俺のせいって?」 「じつは僕の嫁さんも今の会社で知り合ったんです。もう入社初日にお互い、この人だ! って。で、半年後に結婚して、今じゃ2人の子持ちですよ」 「そうなんですかぁ、山田さん効果はすごいですねぇ。僕も最近は会社に来るのが楽しくて楽しくて。鈴木さんに会えるから……あ、でもホントは会社以外で会うときのほうが楽しいですけどね」 「え、何ノロケてんのお前ら? てか本田お前、ナニしれっと交際宣言みてぇなコト言ってんの?」 「嫌だなぁ山田さん、そんなんじゃありませんよう。でも鈴木さんがここにいたら、やっぱり山田さんに人生狂わされたって言うかもですよ? 山田さんのせいで僕に出会って……」 「ちょ、マジで本田お前、鈴木とどこまでいってんだよ?」 「そんなの言えませんよう」 「そりゃあそうですよねぇ本田さん」 「え、ナニ急に知ったふうな口きいてんの山口っサン?」 「やー、それにしてもこんなところで山田さんに会えるとは……本当に……ここで会ったが百年目ですよねぇ」 「ちょっとグッさん、さすがの俺もソレなんか違うってわかるぜ?」 「あ、それいいですねぇ、僕もグッさんって呼んでいいですか?」 「どうぞどうぞ」 「ていうか知ってました? ここにいる全員、ファーストネームが郎の字で終わってるんですよ」 「ホントだ!」 「すげェ!!」  結局、仕事の話なんか何ひとつしなかった。

ともだちにシェアしよう!