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第62話 続・山田オッサン編【42-1】

 久々に顔を出した焼鳥屋の顎ヒゲ店主は、顎ヒゲどころかカールおじさんみたいな泥棒ヒゲになっていた。 「しばらく来ねぇ間にサンオツ度がアップしてんなぁ」 「このトシになったらこんなモンだよ」 「いや、同い年ぐらいだから俺ら」 「あんたら2人はおかしい」  店主は山田と鈴木に向かって言った。今日は珍しくこの2人だけで、他のメンバーはいない。 「そーいやお前と2人っての、久しぶりだよなぁ鈴木。最近すっかり本田に取られちまってるからよう」 「妬いてんですか? 山田さん」 「どっちに?」 「どっちでもいいですよ」 「てかさぁ鈴木お前」  やって来たジョッキに口をつけながら山田は言った。 「ちょっと前まではあんなに本田をブロックしてたじゃん? アイツがホラあの……そうだよ、ここでじゃん。オッサンデーに来るためにはどうすりゃいいんだって話でさぁ、確かあんとき、お前相手に脱童貞宣言したんだよな?」 「ありましたね、そんなこと」  鈴木もジョッキに口をつけながら他人事のように言い、だから何だってツラで「で?」と訊いた。 「でじゃねぇよ。あのあとしばらくはお前、本田が近寄るだけでピリついてやがったじゃねぇか? なのにいつの間にかしょっちゅう泊まりに来たり、いや来てんのか行ってんのか知らねぇけど、とにかくお泊まりしてんじゃん? いっつも」 「何言ってんスか? 泊まってなんかないっすよ、俺も本田くんも」 「あぁ? だって」 「気がついたら朝になってるだけっすから」 「──」  山田は後輩の真顔を眺め、手にしていたメニューの紙切れに目を落とし、注文いっすかー! と声を上げてからまた後輩を見た。 「訊いていいか」 「何スか?」 「その、朝になってることに気がつくまでの間は寝てんのか?」 「寝てるって山田さん、どういう意味で言ってます?」 「え? いや、どうって……まぁその、どういう意味でもいいけど」 「あのねぇ山田さん、なんか俺と本田くんをヘンな目で見てますよね? 自分と佐藤さんがそうだからって」  だってオマエら誰がどう見たってヘンな目で見ちまうぜ? そんな真実を教えてやるべきなのかどうかを山田が迷ったとき、ホール担当のオネーチャンがやってきた。留学生のバイトだろう、日本人じゃなくアジアのどっかの国のうら若い女子だ。 「おねぇちゃん、いくつ?」  山田が訊くと微妙なイントネーションながらも21だと答えてくれた。 「ここ、オッサンだらけで面倒くさくねぇ?」 「──」 「おじさんばっかりで嫌じゃない?」 「お客さん、みんな楽しいよ」  笑顔のオネーチャンがオーダーを取って去ると、鈴木が煙草を咥えて目を寄越した。 「そういう姿見ると山田さんもオッサンになったなぁって思うんですけど、よくよく考えたら昔っからそんなでしたよね」 「そんなってどんなだよ?」 「だから、そんな」 「言っとくけど鈴木、お前はそんなじゃなかったぜ?」  言ってから山田は考え、訂正した。 「いや、大体そんなだったけど、でもあんなじゃなかったぜ?」 「あんなってどんなっすか?」 「だから、あんな──まぁ例えばな? 本田が女と親しげにしてるのを見て不機嫌になったりとかな?」  昼間の話だ。山田と鈴木が会社の廊下を歩いていたら、女子2人に捕まってる本田に出くわした。  その途端、困り果てたような本田のツラがパッと輝いたが、対照的に底冷えするような目で一瞥した鈴木は声をかける隙も与えず回れ右してその場を去った。  ちなみに本田が後を追って行ったが、あのあとどうなったのか山田は知らない。知らないけど残された女子2人に本田と鈴木係長の仲について訊かれたから、熱愛中とだけ答えておいた。 「何言ってんスか? 別になってませんけど不機嫌とか」  ジョッキを手にさらりと否定する後輩を山田が眺めたとき、カウンターの向こうからエイヒレの皿を寄越した泥棒ヒゲのサンオツが、そういやよう……と思い出したように言った。 「前にあんたらと一緒に来た、顔のキレイな細っこいニーチャン? ホラあんとき、あんたの」  と鈴木を見て何故か嬉しそうにニヤつき、 「オカマを掘って男になるって宣言した、あのニーチャンな。思ったより急成長してるみてぇだなぁ」  と、ひとり納得したようにウンウン頷く。 「予想よりだいぶ早くオトコになりやがったな、ありゃあ。あ、まさかホントにあんたのオカマを掘って男になったとは思ってないけどな?」 「──」  山田は平素と変わらない後輩のツラに目を走らせてから、ヒゲ店主に訊いた。 「え、アイツ来たの?」 「あぁこないだな。もちろんオッサンデーじゃないけどな、まだ」 「ひとりで?」 「うん、まぁ……」  カールおじさんが何だかやたら機嫌良さげなツラを隠しきれない風情で、それでも曖昧に濁そうとしたのは客商売として当然のルールだと思うが、しかしその目がふと凍りついた。  視線を追った山田も、その先にいた鈴木を見て背筋を震わせた。  ついさっきまで普段どおりだったはずの後輩は──いや、今も変わりはない。変わりはないのに、何だろうこの、見るものを瞬間冷凍してしまわんばかりの凍てつく冷気は!? 「誰と来たんですか? アイツ」  供された焼き鳥だって一瞬で冷めそうな声で鈴木が言い、カールサンオツは抵抗する術もなくあっさり吐いた。 「いや……うん、まぁその……すごいキレイなネーチャンとな?」

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