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第64話 続・山田オッサン編【42-3】#

「それにしても、お前に見せたかったぜ本田。お前が美女と来たって聞いたときの鈴木のツラをよう」  山田がジョッキを傾けながら言うと、本田が戸惑いの中にも期待を掃いたツラで先輩越しに上司を見た。 「え、それってどんな……」 「別にどんなもこんなもないから。適当なこと言うのやめてくれませんかね山田さん」 「テキトーじゃねぇぜ? 今そこでデレデレしてるヒゲのサンオツだって、そんときゃ凍りついてたじゃねぇか鈴木。南極基地より寒々しいお前の目を見てよ」 「何言ってんスか、俺は至って普通でしたよ」 「鈴木さん」  山田の右から本田がやたら真剣なツラで覗き込んだ。 「妬いてくれるのは嬉しいですけど、まさか僕が鈴木さんのいないところで女の子と会ったりしてるなんて本気で思ってるわけじゃないですよね?」  山田の左で鈴木がエイヒレをモグモグしながら平坦に応じた。 「はぁ? 妬かないし、そんなの本田くんの勝手だし」 「昼間も会社で言いましたけど、僕は好きで女の子に捕まってるわけじゃないんです!」  山田は思った。昼間も言ったのか。コイツが鈴木を追っかけてった、あんときだよな?  それにしても聞きようによっては野郎ども、とりわけこんな店に集ってるようなくたびれたサンオツどもをいたく刺激するセリフだ。  案の定、周りのヨレたリーマンが数人、敵意のこもった目を乙女ゲー王子に投げ付けたが、王子様は無関心という鎧で全て跳ね除けてみせた。 「鈴木さんとだけ話してても許されるなら、僕はいつでもそうしますよ!」 「いや本田、仕事になんねぇよな?」  そこは一応世話係の先輩として山田はツッコんだが、意識はやって来た串の皿に占領されていた。しめた。コイツらがこの調子なら焼き鳥を独り占めできるかもしんねぇ。  が、ほくそ笑みながらハツを一本つまんだ直後、鈴木にレバーを掻っ攫われた。 「俺は本田くんとだけ喋らなくても許されるなら、いつでもそうするよ?」 「またぁ、鈴木さぁん」  本田の属性でもある甘ったれた口ぶりで文句を垂れた王子様はしかし、不意に別な甘さを滲ませた声でこう続けてパイセン山田の度肝を抜いた。 「平日も休日も毎日僕と話さないと寂しくて仕方ないくせに、強がるのはやめてください」  おかげで山田は串でノドチンコを刺すところだった。  ──何その、いっぱしのタラシみてぇなセリフ!?  慌ててビールでハツを流し込む山田の左で、鈴木係長が冷めきった声を投げ返す。 「そういう自意識過剰な捏造はやめてくんないかな本田くん」  右の本田が言った。 「捏造じゃないし自意識過剰でもありません! 鈴木さんがこないだ」 「ホラそうやって捏造を重ねるのやめてよね」  左の鈴木が遮ると右の本田が不満げに唇を尖らせた。 「あのときの鈴木さん、あんなに可愛かったのに!」  危うく山田は、目の前の焼き台に向かってビールを噴くところだった。──どんなに可愛かったんだよ鈴木!?  てかネーチャン、弟が隣でこんなにも華々しく野郎と痴話喧嘩してんのに気になんねぇのかよ!?  思って後輩の向こうを見たが、本田姉は仕事を放棄したサンオツと2人の世界だ。弟も弟なら姉も姉だった。 「何の話だかわかんないよ本田くん」  左の鈴木が言い、右の本田が言った。 「だったらわかる話をしますよ! それで明日はどうするんですか?」  山田は串入れに串を差そうとした手を思わず止めた。──ナニ急に、明日だぁ?  鈴木も山田越しに本田を見て言った。 「明日って何のこと?」 「嫌だなぁ鈴木さん、次郎くんと3人で動物園に行くって約束してたじゃないですか」  ちょ、ンな予定あったのかよオマエら? 「あぁなんだ、それ? 本田くん、今日用事あるって言ってたから明日は行かないと思ってたよ」  ナンで今夜用事あったら明日行かねぇコトになるんだよ鈴木? 「行かないわけないじゃないですか! 鈴木さんとデートするためなら葬式だってすっぽかしますよ僕は!」  いやソイツは大人としてどうなんだよ本田?  てかコイツら、また次郎連れてデートなのか? じゃあ、ここまでの応酬は一体何だったんだよ? 「ちなみに10時までには次郎を迎えに行くことになってるけど、その前に来るの? それとも後?」  結局一緒に行くつもりなんだから最初から四の五の言うんじゃねぇよ鈴木! 山田が思ったとき。  右の本田が左の鈴木へ痛いほど熱っぽい眼差しを投げ、家に帰ったってメシも用意してもらえてないようなサンオツリーマンが集うこんな店にはまるで似つかわしくない色を掃いた声で、こう言った。 「まさか、今夜は帰れなんて言うつもりじゃないですよね? 聡さん……」  山田は戦慄した。  瞬時にして薄氷に覆われたかのような脳ミソの内部に、泥棒ヒゲ店主カールサンオツの声が蘇り、エコーを効かせて響き渡る。  予想よりだいぶ早くオトコになりやがったな、ありゃあ──

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