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第65話 続・山田オッサン編【43】

 ある休日。  コンビニに行ったついでに弟妹夫婦のところに顔を出して帰って来た2人は、マンション内の通路でやたら髪の長い長身の美女と出くわした。  と思ったが間違いに気づいて二度見した山田に向かって、女にしては低すぎる声で彼女は挨拶を寄越した。 「あ、こんにちは」  普通に。 「頼むからその格好で普通に喋んないでくんねぇ? せめてオクターブ高くするとかよう! てか門外不出じゃなかったのかよ、その姿!?」  今日の隣人は恐ろしくストレートの長い黒髪で、ロリじゃないゴスっぽい全身真っ黒なファッションだった。  足元の黒いストラップパンプスを眺め、よくサイズがあるモンだなと感心する山田の前で女装リーマンが佐藤に向かって言った。 「同居されてる同僚の方ですか?」 「あぁ、えぇ……?」 「朝ちょっとお会いしたことはありますけど、ご挨拶するのは初めてですよね?」 「会ったことありましたっけ」 「隣の部屋の者です」 「隣?」  同居人は目の前の女装──喋らなければすぐにはそうと知れない──野郎を数秒眺めてから山田を見た。 「そうだよ奥のほうの隣の……あ、名前知らねぇや」 「あ、失礼しました。秋葉です」 「アキバさん? 本名?」 「本名です」 「こりゃ失礼、山田です」 「佐藤です」 「今後ともよろしくお願いします」 「はぁ」 「こちらこそ」 「てか秋葉さん? その格好は家ん中だけって言ってなかったっけ?」 「今日はちょっと、断れない方に頼まれて撮影会のモデルをやるんです。バイトで」 「はぁ、そうすか。副業があるっていいスねぇ」  山田がテキトーなコメントを述べ、2人はロングヘアのボウズと別れて部屋に向かった。 「隣って目付きの悪ィ坊主頭のリーマンじゃなかったか?」  佐藤が言った。 「あれがその目付きの悪ィ坊主頭だよ」  山田が答えると同居人は少し考え、 「──ヅラ、ズレねぇのかよ?」 「お前の疑問はそこかよ佐藤!?」 「いや、だって気になんねぇか?」 「いや……うん、まぁ、今度訊いてみるか」 「てかお前、見たことあったのかアレ」 「画像は見たけどナマは初めてだぜ?」 「どこで見たんだ画像は」 「こないだベランダで会ってよう、洗濯物干してたら」  そこで初めて挨拶を交わしたこと、隣のベランダにセクシィ下着が鈴なりだったこと、趣味の話を聞いてインスタの写真を見せてもらったことを話した。 「なんでそういう話をしねぇんだ、お前は」 「や、なんか口に出すと引き摺り込まれそうな気がしてさぁ」 「口に出しただけで引き摺られるって、何かのまじないかよ隣人の女装趣味は?」  そこで部屋に到着した。  中に入ると三和土で靴を脱ぎながら佐藤が訊いた。 「てかそれ、いつの話だ?」 「ホラこないだ、先週だっけ? お前が休日出勤した日?」 「そういやあんときお前、なんか妙なこと言ってたよな。欲望と闘ったとか九死に一生を得たとか」 「そうだぜ! だってアイツ、俺にやってみねぇかって言ったんだぜ!?」  コンビニ袋から煙草のカートンと昼メシの弁当を出していた佐藤が、尻ポケットの箱から抜いたラスイチを咥えて山田を見た。 「やってみねぇかって、まさか女装をか?」 「そうだぜ! アイツったらよう、女装は男って職業からの解放だとか言いやがったんだぜ!?」 「なるほど、いかにもお前が惑わされそうな甘言だな」  佐藤が唇を斜めにして笑い、煙草に火を点ける。 「で、まんまと乗せられてやっちまうとこだったと」 「女装をな!」 「別に野郎とやっちまうとか言ってねぇ」 「一応言っとくけどアイツ、ちゃんとカノジョいるらしいぜ?」 「あれでか」 「相手は女装趣味のこと知らねぇみてぇだけど」 「そりゃあ厳しいな。いつまでも隠してらんねぇだろ、ありゃ」 「何でも最初っから明らかにしといたほうが簡単だよな、物事は」  首を振りながらビールを出してきた山田を眺め、咥え煙草の佐藤が煙を吐きながら首を振った。 「お前にだけはンなこと言われたかねぇと思うぜ、あのボウズも」 「ナニ言ってんの? 隠し事どころか一糸纏わぬ全身モロ出しのこの俺に向かって、ずいぶん失礼なコト言ってくれんじゃねぇか? 俺なんてもはやお前にケツの割れ目まで舐めるように視認されてよう、ハラん中に棒突っ込まれてダウジングされてるっつーのに、これ以上どこに鉱脈を隠すってんだよ?」 「──」  佐藤が無言で山田の手から缶を取り上げ、テーブルに置いた。 「え? 何だよ?」 「ホントに隠し事がねぇかどうか、一糸纏わぬモロ出しの全身とやらを見せてもらおうじゃねぇか?」  まだ長い煙草を灰皿に捨ててニヤついた同居人が、山田のシャツの裾から脇腹に手のひらを忍ばせる。 「ンな……今朝も見たばっかだろ? 俺まだ寝てたのに朝っぱらから!」 「明け方でカーテンも閉まってたからよく見えなかったんだよ、山田」  なぁ──と低く囁いて尻を引き寄せると、山田がひとつ震えて息を吐いた。 「まだ探り出せてねぇ鉱脈が隠れてないか確認してやるから、脱げよ」

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