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第67話 続・山田オッサン編【44-2】#

 オレンジ系の柔らかな灯りが白基調の室内を仄明るく照らし、ついでにベッドの鈴木も照らし出す。 「前からこんなんだっけ?」  山田が訊いた。 「いえ最近変えました」 「だよな……?」 「2人で選んだんですよう。ね、鈴木さん」 「本田くん水持ってきてくんないかな」  鈴木が言うと、本田がキッチンに飛んで行った。  山田と佐藤は目を交わし、部屋の照明を2人で選ぶという行為の親密さやら、しかも選んだのがよりによってこんなムーディな演出だってことについてアイコンタクトで語り合ったが、とりあえず無難なネタを口にした。 「んで具合悪ィって何、風邪?」 「さぁ? まぁ、そうなんじゃないスかねぇ」 「お前をやっつけるなんてよう鈴木、インフルとかじゃねぇのかよ? なんか早ぇトコじゃもう流行ってるらしいぜ?」 「熱はないっすから」  そこへ水のグラスを手に本田が戻ってきた。 「熱はねぇんだってよ、本田」 「えぇ、さっき触ってわかりました。でも薬は飲んどいたほうがいいですよね? 風邪薬でいいんでしょうか? 鈴木さん、ごはんは? おなかすいてません?」 「とりあえず水飲みたいなぁ本田くん」 「あ、すみません」  鈴木がノロノロと上体を起こすのを本田が甲斐甲斐しく手伝い、先輩たちは床に胡座を掻いて彼らの様子を見物した。 「飲みにくくないですか? こういうときのために小さいペットボトルのも買っといたほうがいいですね」 「いらないよ、ゴミが増えるし」 「飲むの手伝いましょうか鈴木さん」 「どうやって手伝う気なのかな本田くん」 「僕、やっぱり昨日泊まれば良かったです。昨日こそ泊まるべきだったんです。なのに鈴木さんがあんな可愛いこと言うもんだから……つい言うこと聞いて諦めて帰ったこと、今日1日すごくすっごく後悔してました!」  え? 昨日来てたのかよ本田? 床のオッサン2人は思った。──本田のヤツそんな素振り、今までミジンコくらいも見せたか?  てか、昨日こそ泊まるべきだったってどういう意味だ? てか可愛いことって? 一体ナニ言ったんだよ鈴木!?  見物人たちの心の叫びを、平素と変わらぬ鈴木の声が一部代弁した。 「何、可愛いことって。変なこと言うのやめてくれる? それに本田くんが泊まったりなんかしたら余計に具合悪くなりかねないし」 「えぇ、どうしてですかぁ?」 「自分の胸に訊いてみなよ」  俺も本田の胸に訊きてぇ。思った山田は、しかしソワソワする己を抑えて若いほうの後輩を擁護してみた。 「鈴木よう、本田なんか朝イチで悲報を耳にした途端、今日はもう仕事が手につかねぇから早退してオマエんとこ行くなんて言い出しやがったんだぜ? まぁ気持ちはわかるけど大人としてココロを鬼にして思いとどまらせたら、これがまたマジで仕事ができやがらねぇからもうお前のもとに旅立たせようかと何度思ったか知れねぇよ。そんなにお前が心配でたまらねぇヤツなんて、言っとくけどソイツ以外にいねぇぜ? 俺も含めて他のヤツなんてよ、おかげで明日はすんげぇ嵐んなって鈴木だけじゃなく世の中みんな休みになるぜなんつってたぐらいだぜ? だから悪いことは言わねぇ、もっと本田に優しくしてやれよ」 「ほらぁ、やっぱりみなさん心配してなかったんじゃないですかぁ!」 「いや俺は心配してたぜ? 山田」 「あっ何、ひとりだけイイ子になろうとしてんだよ佐藤? てか本田お前も、自分ひとりで心配してぇから俺らはするなって言ったよな?」 「山田さんたち、煙草吸うならベランダでどうぞ」  突然言った鈴木を山田と佐藤が見た。  誰もひとことも煙草がどうとか言ってないと思うけど──  それでも山田と佐藤はチラリと互いを見交わし、頷き合った。 「おぅ、ちょっと一服すっか山田」 「あぁ? うん、そうだなぁ」 「俺の分も吸ってきてください」 「わかったよ鈴木、1人1本半吸ってくるぜ」  年長者2人はベランダに出て煙草に火を点けた。  煙を吐きながら室内に目を遣るが、カーテンにシャットアウトされて中の様子は見えない。 「なぁ……さっき鈴木のヤツ、本田をシュウって呼ばなかったか? 俺の空耳か?」  山田が訊くと佐藤が答えた。 「聞こえた気もするけど空耳かもしんねぇ」 「今ここ開けたらどんな光景が見られると思うよ?」 「考えたくねぇな」 「どう思う? あの2人」 「考えたくねぇな」 「俺らのこともさ、考えたくねぇなって思ってやがったかな、周りは」  咥え煙草の佐藤が山田を見た。 「さぁな。でも少なくとも鈴木は思ってなかったと思うぜ」 「あーアイツは思ってなかっただろうなぁ。でもその鈴木も今は、考えてほしくねぇなぁとか思ってんのかなぁ自分と本田のコト?」 「あの鈴木にンな可愛げがあるとも思えねぇっつーか、ホントのトコどうなんだかマジでわかんねぇっつーか、むしろアイツのことだから単に周りをソワソワせて楽しんでるだけって可能性も否定できなくねぇか?」 「そういや鈴木ってヒトを駒にして操るのが人生の楽しみだったよな。え、じゃあ何、本田はアイツのライフワークのために手のひらで転がされて駒にされてるだけってコトかよ?」 「いや別にそこまでは言っちゃいねぇけど」 「でもソレすげーあり得る! そりゃあねぇよ! いくら公式で黒い鈴木だって、そこまで人のココロを弄んじゃいけねぇぜ!?」 「おいおい山田?」  いきり立って煙草を消した山田は、佐藤の制止も聞かず部屋に戻るガラス戸をガラリと開けた。 「──」  ベッドの脇でこちらに背を向けて屈み込む本田の後頭部のすぐ向こうに、鈴木のこめかみの辺りが見えた。  と思った一瞬後には本田がハッと身体を起こして振り返り、 「も、もう1本半も吸ってきたんですかっ? 山田さんっ?」  と限りなく怪しい挙動を見せる陰で鈴木がさりげなく口元を拭うような仕種を見せたのは、果たして山田の妄想なのだろうか。 「いや、そろそろ夜風が身に染みる季節なモンだから……てか今オマエら、すげぇ顔くっついてなかったか?」 「え、あの、熱を測ってたんですよう」 「またデコでか?」  山田がツッコんだとき佐藤が入って来た。 「どうしたんだ?」 「いや……もしかしたら見ちゃいけねぇモンを見ちまった気がして」 「何言ってるんですかぁ山田さぁん」  困り果てたような風情で本田が言い、 「だって鈴木さんったら、熱が上がってきたみたいなんですもん」  と鈴木の額に当ててみせた手のひらを頬に滑らせる。  その手つきがやけに優しげな馴れ馴れしさだった事実は百歩譲ってさて置くとしても、大人しくされるがままの鈴木の頬がほんのり染まって見えるのは、熱のせいか。気のせいか。ムーディな灯りのせいか。それとも──いや鈴木に限ってンなコトあり得ねぇ!  熱のせいでも気のせいでも灯りのせいでもねぇんなら、ヤツの人生ゲームの作戦に決まってるよな!?  無言で目を交わし合う先輩2人を前に、しかし乙女ゲームの王子様みたいなナリの後輩は、お伽話の王子様みたいな恭しさでベッドの中の上司の手を取り、もはや駒にされてるもへったくれもないオスの欲望を孕んだ──ように聞こえてしまう──声で宣言した。 「心配ですから今夜こそ僕、泊まって行きますね。……あ、山田さん佐藤さん、あと僕やるんでもう大丈夫ですよう」 「──」  鈴木んちを追い出されたサンオツリーマン2人は、何だか幻でも見ていたような気分で歩きながら揃って煙草を咥えた。 「あ」 「どうした山田」 「田中に頼まれてた写真撮るの忘れた」

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