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第68話 続・山田オッサン編【45-1】

 涼しくなってきたから鍋でもやろうってことになった。  もちろん、スタンダードな鍋ではあり得ない。野郎どもの闇鍋パーティだ。  だから集合時間は暗くなる頃、会場は佐藤と山田の愛の巣、参加者は家主2人のほか佐藤弟、鈴木、本田だった。野郎限定のため──そうでなくとも拒否られた──山田妹は次郎含め不参加、田中は来るはずだったが前日に息子が熱を出して残念ながらキャンセル。 「5人かぁ、ひとり2品として10品かぁ」 「あんまり多くても入り切んねぇかもしんねぇし、いいんじゃねぇか?」 「まぁなぁ……あ、ちょっと俺タバコ買ってくる」 「あ、山田さん俺のも頼んでいっすか」 「結局スープは何味にするんですかぁ?」 「修ちゃん、味噌でいいんじゃねぇ?」  若手たちがベースを用意する中、煙草を買いに出て行った山田が戻ってきたと思ったら、 「ただいまぁ」 「こんにちは」  目付きの悪いボウズを連れて帰ってきて、佐藤以外のメンバーがしばし無言で眺めた。 「──どなたっすか?」  訊いたのは鈴木だ。 「お隣さん。今そこで会って、ヒマだっつーから田中の代わりに誘ってみた。ちゃんと食材持って来てくれたぜ」 「お邪魔じゃありませんかね」  ボウズこと秋葉がナリに似合わず殊勝げに言い、逆に初対面のヤツらの度肝を抜いた。  が、まぁとりあえず簡単に名乗り合い、ついでに隣人が佐藤弟や本田と同い年であることが判明した。 「バリエーション豊富な年代だよねぇ」  鈴木が3人を眺めて呟くと、 「え、味噌にしたのかよ?」  スープを覗いた山田が言い、勝手に豚骨スープをぶっ込んだ。 「えーイチさん!」 「なんだよ、味噌とんこつだぜ?」 「じゃあやっぱりキムチも入れていっすか?」 「えぇ? 鈴木さん、さすがにそれは……えーっ鈴木さぁん!」  こうして出来上がった味噌とんこつキムチスープが煮立ってくると、いよいよ具材投入の時間がやってきた。  野郎どもは各々、持参したネタを隠し持ってダイニングのテーブルを囲んだ。 「どういう順番で入れるよ?」 「新顔のお隣さんからスタートの時計回りでよくねぇ?」  山田の言葉に当人以外の全員がお隣さんを見ると、ボウズは何故か本田をガン見していた。 「あの……何か?」 「素材がいいですねぇ」 「やめてくんねぇか秋葉さん、ウチの後輩を引き摺り込むのは」  山田が牽制すると佐藤が言った。 「てか普通に似合って面白くなさそうじゃねぇか?」 「あの、だから何ですか?」  本田がまた訊くと、鈴木がボウズを見た。 「コイツを何に引き摺り込むんスか?」 「趣味の女装です」  場が3秒、沈黙した。  やがて最初に口を開いたのは佐藤弟だ。 「え、マジで? 秋……アキバ……あ、下の名前何?」 「龍之介です」  2秒、微妙な空気が流れた。 「似合ってるけどよ……」  佐藤兄が呟き、山田が佐藤弟を見た。 「なんで下の名前訊いたんだ?」 「いやなんかいい呼び方ないかと思って。でもちょっと今すぐに思いつかねぇっつーか」 「あ、じゃあエリカでいいですよ」  言った隣人の真顔を他の全員が一斉に見た。 「誰?」 「インスタで使ってる名前です」  当人以外の全員が、脳内で目の前の坊主頭に『エリカ』と貼り付けてみた。  山田が言った。 「いやエリカって可愛すぎねぇ? もっとエロくせぇ名前じゃねぇとピンと来ねぇよ」 「そうですか?」 「そんなエロくせぇ女装すんの? エリカ」 「早速使ってますねぇサトケンさん」 「写真あったら見たいっすね」 「あ、見ます?」 「そーだよ見せてもらえよオマエら! そういや佐藤お前も、こないだ廊下で会ったアレしか知らねぇんだよな?」 「まぁな」 「お前ら、心してかかれよ?」  そしてボウズのスマホが左隣の佐藤弟に渡された。そのまま、たっぷり30秒沈黙。 「……ちょ、エリカ! 闇鍋の前菜にしては強烈すぎるぜ!?」  声を上げた弟から、更に左隣の鈴木にスマホが渡る。しきりに感心しながら画面と本人を交互に眺めた鈴木係長は、次に画面と部下を見比べ始めた。 「え、何ですか鈴木さん?」 「いや、本田くんにやらせたらどうなるのかなぁって想像してみただけ」 「え……鈴木さんがやれって言うなら──やりますけど僕……」 「え、やります?」  エリカがすかさず口を挟んだ。  秋葉龍之介の鋭い眼光と鈴木係長のガン見を一身に喰らって戸惑う乙女ゲーム王子に、いよいよスマホが渡される。  画面に目を落とした途端、呪いをかけられたかのように凍りついた王子様の耳元に、甘く誘う悪魔の囁きが降り注いだ。 「俺結構そういうの好きなんだよねー、本田くん」 「え……ホントですか鈴木さん」  見つめ合う上司と部下を他の4人が眺め、部下が女装のエキスパートをチラ見し、その隙に上司と先輩の視線が交差し、先輩の同居人が王子の手から取り上げたスマホを眺めていると、不意に同居人の弟がアッと叫んだ。 「やべぇ! エリカ様に気を取られてる間にスープが超減ってる!」 「あ、ホントだ」 「そういえば忘れてたな」 「よし、足しちゃおうぜ!」 「あーっイチさん! なんでチーズ味のヤツなんか入れちゃうワケ!?」 「え? うまそうだろ?」 「今まで何入れてましたっけ? 味噌と豚骨とキムチ?」 「ホラな、どれもチーズ合うじゃん?」  で、味噌と豚骨とキムチとチーズが融合したスープが煮立ったところで、今度こそ具材投入タイムとなった。

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