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第100話 続・山田オッサン編【60-9】#
「だけど僕だって現実を考えて言ってるんですよ、鈴木さん!」
ヒラの乙女ゲー王子が両手でグッと拳を握って真剣な目を上司に向けた。
「どんな現実?」
「例えばですね、鈴木さんち、バストイレ一緒なのもすごく不便じゃないですか? こないだも鈴木さんがお風呂入ってるとき、僕がどうしてもトイレ行きたくなってお邪魔しましたよね?」
「あぁアレ。てか本田くん、鍵こじ開けて入って来んのやめてくんないかなホント」
やり取りを聞いた他の大人が全員、2人を見た。
──何その、入浴中に鍵こじ開けて乱入するのが日常茶飯事と思われてもしょうがないような言い方?
「朝だって鈴木さんが新聞持ち込んでトイレに長居してて、やっと出て来て僕が顔洗ったりしてる間に鈴木さんもう先に家出ちゃったりしてますよね?」
「そんなの俺の勝手だし、それって何もかも本田くんが自分ちに帰れば解決することだよね?」
「そんなぁ鈴木さぁん」
すると、第2の両親とも言える野郎2人の様子を見ていた次郎が母を見上げて訊いた。
「スズキとシュウちゃん、またけんかしてるの?」
「そうじゃないけど、鈴木さんがね、本田さんに自分のおうちに帰りなさいって言ってるの」
「シュウちゃんのおうちって?」
不思議そうに首を傾げる幼児は、どうやらスズキのおうちがシュウちゃんのおうちだと思ってるようだ。
「シュウちゃんのおうちは他のところにあるんだよ、次郎」
「そうなの?」
スズキの言葉に、ますます不思議そうな目で次郎は言った。
「スズキとシュウちゃんはかぞくなのに?」
鈴木以外の大人が次郎を見てから鈴木を見た。
母が訊いた。
「それ、誰が言ったの?」
「スズキ」
その途端、まるで森の中でお姫様を発見したお伽話の王子様さながらに本田のツラが光り輝いた。
「鈴木さん!!」
「言っとくけど便宜上そう説明しただけだからね、本田くん」
「ちなみにどんな局面で便宜上そう説明したんだよ鈴木?」
「単に、家族なのか訊かれたから否定しなかっただけっすよ。家族じゃないのに一緒に住んでる理由を幼児にどう説明したものかが難しくて」
「ちなみに家族じゃないのに一緒に住んでる本当の理由は何だよ鈴木?」
「オッサンに説明するのも難しいですね」
「デキてるからって簡単に説明してくれてもいいんだぜ?」
「デキてませんから」
険しいツラになった鈴木を、佐藤が知ったふうな口調で諭した。
「いいじゃねぇか鈴木。デキてようがなかろうが、お前も一生のうちにいっぺんぐらいは他人と一緒に住むっつー経験をしといたらどうだ?」
「経験してどうなるんスか? 佐藤さんたちと違ってどうせすぐに解消するってわかってる同居なんて、時間と手間とカネの無駄でしかないっすよね」
「どうしてすぐに解消するなんてわかるんですかぁ、鈴木さん!」
「あのねぇ本田くん。職場の上司となんか一緒に住んで何が楽しいわけ? そもそも俺たち知り合ってまだ半年ちょっとなんだけど、そんな軽はずみに早まったってせいぜい3ヶ月で彼女とかできて、やっぱりこんなオッサンよりそっちがいいとか言い出すのが関の山だよね」
両手の親指をブラックスキニーの尻ポケットに引っかけてそっぽを向く係長を見て、その場にいる大人たちが一斉に思った。
──ツンデレにしか見えねぇ……!!
ちなみにこれは代表して山田の言葉で表現。
「ねぇ鈴リン」
佐藤弟がいつになくキリッと口を開いた。
「何度も言うようだけど人生は一度しかないんだよ? どう転ぶかわかんないようなことを考えるよりも、とにかくやってみたらいいじゃん!」
「弟くんそれ、熱く語ってるふうを装ってるけど完全に楽しんでる顔だよね」
「いや何言ってんの? 鈴リン失礼な!」
「そうよ鈴木さん、何事もやらずに後悔するよりやって後悔するほうがいいって言うでしょ? それに次郎だって鈴木さんが近くにいてくれたら、すごく喜ぶし。ね、次郎。鈴木さんがこんなに近くに住んでたらすぐに会えるし、嬉しいわよね?」
「うん」
「次郎を前面に押し出してくるなんて卑怯だよねシオさん」
「皆さんの言う通りですよ鈴木さん! 先のことなんて恐れてたら前に進むことなんてできませんよ!」
「なんかみんなして人生論みたいな戦法で丸め込もうとしてる? ていうかあのね本田くん、先のことっていうか本田くんの見通しの甘さだから、問題なのは」
「え、それって──つまり鈴木さんが恐れてるのは僕の心変わりだけってことですか?」
「はぁ恐れる? 何言ってんの?」
ポン、と鈴木の肩に山田の手が載った。
「なぁ鈴木。前触れもなく転がり込まれるより全然いいぜ? 心の準備ができるんだからよ」
しみじみ首を振る山田の横で佐藤が本田を見て言った。
「心の準備なんかさせねぇほうがいい場合もあるぜ?」
「皆さんのご意見を伺った上で、いい解決策があります」
突然割り込んだのは、壁に同化していた不動産屋のオッサンだ。
全員の視線を浴びたサンオツは至極真面目くさったツラをまっすぐ鈴木に向け、断言した。
「すぐに契約されることが、全ての答えを知る一番の近道ですよ」
「え、何この総当たり攻撃?」
言った鈴木が今度は全員の視線を浴びて、顔を強張らせる。
「だから、俺は同居なんか──」
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