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第99話 続・山田オッサン編【60-8】

「あの……シングルマザーってわけじゃないんですよね? あのお母さん」  果敢にも、最初に口を開いたのは本田だった。 「ダンナ様はいるようね」 「あぁ、じゃあ別にあわよくば山田さんから掠め取ろうとか、そういうアレにはならないのかな。良かったっすね山田さん」  これは鈴木。 「兄貴が掠め取られたら、その空席に俺入るから大丈夫だよイチさん」  弟の言葉に兄が鼻で嗤った。 「バカか。掠め取られるわけがねぇだろうが」 「そんなのわかんねーじゃん!」 「山田から俺を引き剥がせるヤツなんかいねぇ」  その瞬間、弟の目に敵意が籠もり、山田は素知らぬフリで明後日の方角を向き、ニヤニヤ笑う鈴木の横で本田がいたく感銘を受けたようなツラになり、そんな大人たちをあどけない目で見上げる次郎の手を引きながら、山田妹が佐藤兄に美しい笑顔を向けた。 「良かった。二度とお兄ちゃんを捨てたりしませんよね佐藤さん」 「だから捨ててねぇって俺は」 「そうそう、山田さんが捨てるように仕向けただけっすもんね」 「何のためにか言ってみろ鈴木」 「何のためになんですか? 鈴木さん」 「本田くんにはまだわからない機微とか駆け引きとか、まぁ大人の話だよ」 「僕もう大人ですよ鈴木さん!」 「そうだよ鈴リン、いくら童貞だからって俺と同い年なんだから修ちゃん」  妙な沈黙が降りた。  どこか複雑な色合いの無表情になった乙女ゲーム王子を、鈴木以外の全員が数秒眺めた。 「え、卒業……したの?」  佐藤弟が戸惑いの声を絞り出した。 「いや、あの別に」 「ちょ、修ちゃん卒業したの鈴リン?」 「なんで俺に訊くの? 本田くんの下半身の管理はしてないよ俺」 「幼児の前で生々しいハナシすんじゃねぇ!」  突然目を三角にした山田が割って入り、そのツラを妹に向けて強引にネタを方向転換させた。 「で、何食うんだよ? 内覧もあるんだろ? 時間は大丈夫なのかよ」 「そうね、でも3時の予定だから大丈夫よ」 「内覧って、また誰か引っ越すんスか?」  訊いた鈴木とその横に並ぶ本田を、他の大人が全員見た。 「え──何スか?」 「ここらへんにソファ置いてですねぇ、山田さんと佐藤さんちみたいに!」  弾んだ声で両手を広げる乙女ゲームの王子様に、鈴木がやれやれと溜息を吐いた。 「はいはい、夢も語るだけならタダだよ」  昼メシは結局、時間的な理由で思い直してマンションに戻り、ダブル兄貴の部屋で丼物屋の出前を取った。  メシを食う間も同居なんかしないからと渋っていた鈴木は、あまりに頑なな態度を崩さないのも大人げないと思ったのか最後には「見るだけっすよ」と何度も釘を刺して譲歩した。  で、内覧に赴いた大人6人と幼児1人の大所帯を見て不動産業者は度肝を抜かれた様子だったが、親子3人のひと組は先日契約したばかりだし、マンション内に身内が住んでる事情も了解していたためすぐに納得したらしく、案内もそこそこに後はご自由にと引っ込んだ。  部屋は弟妹一家の更にもう一段上、3階建ての最上階で、建屋中央に位置する階段を挟んだ反対側の端だ。 「角部屋いいよなぁ。しかもこっち側、眺めいいしよう」  羨ましげに言った山田がダイニングから続く東南のサッシをガラリと開けた。  何と言ってもこの部屋の売りは、こぢんまりとしていながらもちょっとしたスペースがあるルーフバルコニーだった。 「お前ら、ナンでこっちにしなかったんだよ?」 「だって家賃がちょっとお高いし、ここって階段しかないから小さい子供がいると下の階のほうが便利なのよね」  兄貴の問いに妹が答える。 「だから、あっちの2階っていうのがちょうどいいかなって。下の部屋がお兄ちゃんたちなら次郎の足音も気にしなくて済むし」 「あぁそう……てかナンでウチは1階なんだよ佐藤?」 「あそこしか空いてなかったんだよ、俺が入ったときは」  ちなみに兄貴2人の部屋は1階ではあるが、下が半地下駐車場になっていて道路との高低差があるため人目もさほど気にならない。ただし隣のエリカんちは角部屋だし、干してあるセクシィ下着をどうしても欲しいヤツがいれば頑張って盗みに上がるかもしれない。ボウズのリーマンが着けてるヤツだけど。 「いいですねぇ、気持ちいいですねぇ鈴木さん。僕たちがここに住んだら、このバルコニーで飲めますよう、みんなで!」 「おー、いいなぁソレ。借りちゃえよ鈴木」 「ここでサンオツ飲み会でもやろうモンならソッコー苦情が来ると思いますよ山田さん。本田くんもね、ちゃんと現実を考えて」 「鈴リン、一度しかない人生に現実ばっか考えてちゃダメだよ!」 「てか鈴木、お前に現実がどうとか言われたくねぇし」 「なんでみんなして俺と本田くんを住まわせたがるんスかね、ここに」 「だって面白ェんだもん」 「じゃあ家賃払ってくれます? 山田さん」 「ヤダね」

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