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第193話 続・山田オッサン編【88-1】
通された部屋で待ち受けていた見知らぬリーマンは、山田を見るなり開口一番こう言った。
「お久しぶりです、山田さん」
ソツのない笑みと、シュッとした長身。
どこかで見たような佇まいを眺め、差し出された手のひらに目を落として、山田は慎重にソイツを握り返した。
途端に予想以上の力加減で握り込まれて面食らう。
とにかく訊いた。
「あの、大変失礼ですけど以前にお会いしましたっけ?」
戸惑ってたって始まらないし、そもそも今日の訪問自体、二課に回ってくるようなシロモノじゃない上に指名で山田が「くれぐれも1人で」と呼びつけられた不審極まりない案件だった。
それでもそんな無茶が罷り通ったからには何らかのカラクリがあるはずで、つまりロクでもない予感しかしない。
が、ロクでもない予感しかしなくたって正式な職務として下りてきたからには赴かざるを得ないのが、しがないヒラリーマンの悲哀というもの。
で、こうして仕方なくノコノコ来てやったってわけだ。
ちなみに、一緒に行こうか? と心配顔で何度も尋ねた課長の申し出は固辞し、ついでにこの件は一課に漏らさないよう口止めもしておいた。
課長とのお出かけも、訪問先がマジでロクでもなかった場合も、下手に同居人の耳にでも入れば面倒なことになる。
「あぁ……」
ギュッと握った手はそのままに──否、むしろ感触を確かめるように指を這わせながら男は頷いた。
「憶えてないのも無理はありませんよね、あのときは人も多かったし。突然失礼しました、高崎正宗です」
そりゃあ訪問するからには事前に名前は承知してたけど、だからってフルネームで挨拶されても知らないものは知らない。
だからとりあえず無難にコメントした。
「はぁどうも、随分カッコイイ名前ですね」
それからやっと名刺交換して、野郎は重々承知してるに違いない名を山田も名乗った。
「営業二課のヒラ営業マン、山田一太郎です。で、どこでお会いしましたっけ?」
「姉の結婚式で」
今度はレスポンスよく返ってきた答えに、山田は改めて男の顔を見上げた。
これまで出席した結婚式は数件しかない。
うち、こんな風に呼びつけられる可能性があるとすれば、多く見積もっても心当たりは2件。
更に、年齢には若干不釣り合いとも思える相手の肩書きや会社の規模を踏まえれば、自ずとひとつに絞られた。
「ひょっとして、アサヒさんの弟さんですか?」
「そうです。姉がお世話になってます」
「──」
結婚式で見たはずのアサヒの旧姓なんか憶えちゃいないし、山田にとってアサヒはあくまで小島アサヒだった。
だけど道理で、どっかで見た気がするわけだ。スラリとしたスタイルと海外の女優みたいな彼女の顔立ちに、目の前の野郎も通じるものがある。
山田は思った。──てか、なんで俺の周りはシュッとした長身のイケメンばっかなんだ?
例外は、今や上司である後輩だけだろうか。ただ、あのアニメにでも出てきそうなツンデレの童顔キャラは、ある意味オンリーワンと言える。
とにかく促されるまま、応接セットのソファで男と向き合った。
「お呼び立てして、すみません。本来なら僕のほうから伺うべきなんですが、どうしても2人だけでお話をしたくて」
「はぁ」
「お越しいただいた用件は他でもない、姉夫婦に関することです。単刀直入にお尋ねしますけど山田さん、義兄との関係はいつまで続けるつもりですか?」
「は?」
山田は口を開けて正面の男を見た。
「隠さなくても大丈夫ですよ。義兄と山田さんのことも、姉と恋人の関係も、身内はみんな承知してます」
「ん……?」
「ですけど、そろそろ跡取りを作るのかどうかを真剣に考えなきゃならないんじゃないかって、さすがにそろそろそんな話も出てきてましてね。でも本人たちに訊いても、お互い離婚する気もなければ恋人と別れる気もないって言うし。それで両家とも、どうしたものかと困ってるんです」
「はぁ、けどあの」
「で、2人のお相手はそれぞれどう考えてるのかを確認しようっていうことになって、まずは年齢的に近い僕に役目が回ってきたというわけなんですが」
アサヒは小島と同い年だったか、それくらいだ。随分落ち着いてやがるけど、彼女の弟ってことは少なくとも山田より5歳以上は下なんだろう。
が、そんなことより。
「あの俺、小島とは無関係ですけど?」
素早く挟んだ山田の言葉に男がちょっと黙った。
それから、どことなく海外俳優っぽいに見つめられること数秒。
「無関係って、どういうことですか?」
「どうってだから、愛人とか恋人とかじゃないんで俺。小島の」
再び数秒の沈黙。
やがて高崎某は溜め息を吐き、ひとつ首を振って姿勢を正した。
「できれば、この件は持ち出さずにいたかったんですけど」
「はぁ」
「義兄が僕の姉と結婚したせいで、山田さんが二股掛けてた浮気相手との同居に踏み切ったっていう経緯は承知してます。ですが──」
「いや話がおかしいよな?」
思わず敬語を忘れて遮った。
が、元後輩の嫁の弟は気にする素振りもないし、もはやこの会話は仕事じゃない。
「何がおかしいんですか?」
「ソイツは浮気相手じゃねぇ、俺のオットだ」
すると野郎の眉間にますます理解不能の気配が漂う。
「海外で結婚してきたんですか?」
「そうじゃねぇけど、だからつまり事実婚みてぇな?」
「義兄の結婚がそんなにショックだったんですか?」
「いやだから、アイツの結婚は関係ねぇって」
滲んじまったウンザリ感をどう取ったのか、アサヒ弟はやおら立ち上がるとテーブルを回り込んできて隣に腰を据えた。
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