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1.きっかけと宣言(1)

 優駿が初めて店に姿を見せたのは、一年ほど前の春のこと。ちょうど大学に入学する年で、新生活に向けた一人暮らし用の家電を揃える為の来店だった。  高校を卒業したばかりの優駿はまだどこかあどけなく、振り撒く笑顔はさながら人見知りを知らない子供のようだった。成長が遅かったのか、身長も百七十半ばの宰の方がまだまだ高いくらいで、 「機種変更したいんですけど」  なのにそれからたった二月で、その目線の位置は完全に逆転し、雰囲気までも一気に大人びてしまったその姿に、宰は内心唖然とした。  一方、そんな宰の胸中など知る由もない優駿は、 「昨日テレビで見たんですけど、夏モデルのこの新機種、すっごいカッコイイですよね。その先行販売が始まったって聞いたから、それに変えたくて」  ただ無邪気に笑ってそう告げる。  ――前言撤回。大人びて見えたのは黙って澄ましている時だけだ。笑えば一転、以前と変わりなく人懐こい。 「ここでも取り扱いはしてるんですよね?」  授業が休講の時間に立ち寄ったらしく、平日の昼間である店内に相変わらず客は疎らだった。携帯コーナーも閑散として、優駿の他に客らしい客はいない。  薫はたまたま席を外しており、カウンター内にいた宰は幸か不幸か手が空いていた。 「入荷は二週間後になりますが……ご予約で宜しいですか?」  ひとまず着席を促して、宰は手近にあった資料を取り出す。しかし、どうもひっかかる。それもそのはず、直前に優駿が、「今これ使ってるんですけど」と言って取り出した携帯は現在も最新機種として店頭に並んでいるものだったのだ。それもまだまだ契約台数を伸ばしているような、売れ筋の機種。  要するに、前回の機種変更からそう時間が経過していないと言うことは明らかだった。 「え、予約になるんですか? しかも二週間? んー……。でもまぁ、いっか」  加えて、優駿が希望したモデルは新機種の中でも一際高額だ。にもかかわらず、ほとんど即決で契約を進めようとする。それもこの様子だと、単に『ぱっと見気に入ったから』と言う理由だけで。  宰は聊か心配になった。  「携帯コーナーに小泉さんとこの息子さんが行くから、対応よろしく」と、相手が何者であるかはあらかじめインカムで知らされていたため、金はあるからと言われても驚きはしない。  驚きはしないが、実際目の前の優駿はまだまだ一見高校生と見えなくもないような雰囲気もあり、一介の販売員である宰が気にすることではないと解かっていても、性分だろうか、結局放っておけなくて口を挟んでしまう。 「あの、小泉さん?」  機種変更の手続きに伴い、呼び出していた画面を確認し、改めてその名を呼びかける。

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