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3.想定外と予定外(1)
その日も天候は雨だった。それも朝からずっと大雨だ。
だからだろうか。優駿が未だその姿を見せないのは。
優駿が来店するのは、基本は朝、学校に行く前と、夕方、学校が終わった後。どちらかしか来られない日はあるにせよ、そのどちらも来られないと言う日は滅多になかった。
なのに本日は、いつまで経ってもあの元気な声が聞こえてこない。
「七時、かぁ……。さすがに今日は来ないかもしれないわねぇ」
時間のせいだけでなく、今日みたいな日は客の入りも自然と遠退く。必然と暇を持て余す時間が増えていた宰に、横から声をかけたのは薫だった。
「夕方からは雷雨注意報も出ていたし……」
叩きつけるような雨の気配を窓外に見ながら、薫は物憂げに髪をかき上げる。続く雨の所為で湿気を孕み、思うように落ち着かないのが気に入らないらしい。
「もともと、毎日のように来るのが普通じゃないんですよ」
特に用があるわけでもないのに。と、宰は薫へと横向けていた視線を伏せて、静かに答えた。
「あ、いらっしゃいませ」
次に目を開けたのは、薫が弾かれたように澄んだ声を響かせた時だ。はっとして顔を上げると、そこには学生らしき青年が二人並んで立っていた。
「機種変更したいんですけど」
笑顔で頷いた薫が着席を促すと、青年は大人しくそれに従う。テーブルの上に取り出した携帯はフラップ式のもので、
「最近調子悪いんですよ。何か急に電源落ちたりするし。データが飛んだりしたら困るんで、その前に変えようと思って」
そう言って開いた画面には幾つか水滴がついていた。気付いた薫が、傍らにあった不織布でそれを拭き取る。青年は「すみません」と少し照れた風に礼を述べ、「それで……」と話を本題に戻した。
(まだしばらくは止みそうにねぇな)
よく見ると青年の足元もびしょ濡れだ。少し離れた場所からその様子を見守っていた宰は、再び視線を窓越しの空へと転じた。
「……かなり使い込まれてますね」
「ええ、支払いはとっくに終わってて、それでも節約のためにってずっと使い続けてたんですって。もう五年近くになるみたいよ」
「長いですね」
宰は業務連絡書に目を通す傍ら、薫の手元に目を遣った。
手続きを済ませた青年は、データ転送にかかる三十分程度の時間を、別の売り場で潰すと言って席をはずしていた。
どうやら同席していた青年が機械に強いらしく、今回決めた新機種のこと以外にも、色々と相談したいことがあるからとのことだった。
「バイトが決まったから、自分もようやくスマホデビューできる! って、気合いを入れてきたんですって」
可愛いわよね。と、微笑ましげに表情を緩めながら、薫は新しい端末の箱や説明書を、受け渡し用の紙袋に入れていく。
「しっかりしてますね。同じくらいの年齢でしょうに……少しは見習ってほしいですよ」
宰は半ば無意識にこぼし、書類の黙読を再開した。
するとややして、横から含みのある声が聞こえてくる。
「それって、誰の話かしら」
思いがけない切り返しに、宰はぴたりと動きを止めた。紙面上で視線が彷徨い、
「……誰って」
辛うじて口にしたそれだけの言葉すら、不自然なほど平板なものになる。
「あら、どうしたの?」
顔を上げると、薫はにこにこと微笑んでいた。結局は面白がっているだけだと解かり、宰は脱力して溜息をついた。
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