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♥2.風波と偽りの凪(5)
「――あの時、〝宰〟って呼んだのは……。まぁ、単なる『うっかり』ってやつかな」
徐に宰の上に影を落とし、白々しく顔を覗き込んで来る柏尾を、宰は胡乱げに見返した。
「嘘ですよ」
「何でそう思うの」
「解かりますよ、そんなの」
当然のように淡々と答える宰に、柏尾は一瞬間を置いて、
「……ああ、そうか」
まっすぐ視線を絡めたまま、ふっと小さく笑った。
そしてそっと顔を近づけると、
「解かってるから俺と寝てるんだっけな、宰は」
独りごちるように囁きながら、
「俺のことをよーく解ってるから――そんな俺には絶対惚れないって解かってるから、続いてるんだもんな、この関係」
言う度、更に間合いを削る。
「ホント、俺はお前の好みからかけ離れてるよなぁ」
やがて近づきすぎた距離に呼気が唇を掠める。「それも今更ですよ」とにべもなく言い捨て、宰は僅かに顔を背けた。
柏尾は口端に、からかうような笑みを刻んだ。
「まぁ、あれだ。何ていうか……ちょっと揺さぶってみたくなったんだよ。だってお前ら、余りにも進展しそうにないからさ。毎日毎日同じことの繰り返しで、いつまでそうなんだって思ったら、ついね、つい」
(なにがついだ)
宰は思わず閉口する。
呆れてものも言えないとはこのことだろうか。ホントか嘘かも分からない言い訳にもはやため息しか出てこない。
宰が何も言わないでいると、柏尾が可笑しげに首を傾げた。
「何でそこで黙るの」
「……別に」
説明するのも面倒で、宰はそれだけしか答えない。どころか、「もうその話はいいです」と不意に話を切り上げて、挙句、
「時間が勿体無いですから」
と、あっさり先刻までの続きに戻るよう水を向ける。
腕を伸ばし、柏尾の首に絡めて、間近にある双眸をじっと見つめる。物欲しそうに少しだけ唇を浮かせて、そこから舌先をちらりと覗かせた。
柏尾の下半身に意識を向けると、それなりの反応は見せている。
「そのために付けたんじゃないんですか」
焦れたように誘うその姿に、柏尾は一つ瞬いたのち、苦笑気味に破顔した。
(……少々揺さぶったくらいで、何も変わらねぇよ)
思考の片隅で思いながら、宰は柏尾の後頭部へと手を添える。後は乞うままに与えられる唇に、浸るように目を閉じた。
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