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キク:赤
「好きだよ」
今日もあなたに、精一杯の告白を。
「せーちゃん、おはよう」
「……おはよう」
不機嫌そうに、不満そうに、挨拶を返すせーちゃん。毎日毎日嫌だろうに、律儀に返してくれるせーちゃんは、とても優しい。
どうせなら笑って欲しいとは思うけれど、俺には無理な話だ。
「はいこれ、お弁当」
「……」
「俺じゃないよ、母さん。安心して」
そんなに睨みつけなくても。
少し悲しさが胸をよぎるけれど、受け取って貰えただけで十分だ。本当は俺のをあげたかったけど。
せーちゃんとは幼馴染で、ちっちゃい時からずっと一緒。俺は弱っちくて、すぐ泣いて。いつもへらへらして周りに合わせて、弾かれないように過ごしてた。せーちゃんはそんな俺とは真逆で、強くて、喧嘩もするし、嫌なことは嫌ってはっきり言うから、みんな彼を避けてた。でも、そんな彼が、俺にはとってもかっこよく見えた。周りの目を気にしないで、自分の信じた道だけを見て前へ進む彼が。
それから俺は、せーちゃんに話しかけるようになった。今までは避けていたくせに、急に懐いてくる俺はきっと鬱陶しかっただろう。それでもせーちゃんは、俺をそばに置いてくれた。家が近かったこともあって、ほとんどの時間をせーちゃんと過ごしていた。お互いの家を行き来したり、仕事が忙しいせーちゃんのお母さんの代わりに俺が弁当を作る、なんてこともあるくらい、せーちゃんとの仲は縮まっていった。
最初は憧れだった。でもきっと、最初から好きだった。
中学に上がったある日、せーちゃんが告白されているのを見た。ふわふわのかわいい女の子。顔を真っ赤にして、甘い声で、震えながら、せーちゃんへ言葉を紡ぐ。見ていられなくて、聞いていられなくて。全速力で家までの道を駆け抜けた。
あの子と付き合うのだろうか。
ぐるぐるして、もやもやして、泣きそうだ。誰かのものになんてなって欲しくない。どうせなら俺のものに。
この時やっと、せーちゃんが好きだと自覚した。
絶対に叶わない恋をしたと、自覚した。
好きと言えないのは苦しいけれど、隣にいられなくなるのはもっと嫌だから。だから気持ちは閉じ込めて、ずっと一緒に。
そう思っていたのに、高校1年の夏、俺は取り返しのつかないことをした。
その日は補習があって、帰るのが遅くなった。待つと言ってくれたせーちゃんを迎えに教室に行くと、せーちゃんは、窓を見るようにして寝ていた。常によっている眉間のシワは今は消えていて、少しだけ幼く見える。寝顔を眺めていると、ふと、魔が差した。
小さなリップ音が、誰もいない教室に響く。
目の前には、目を見開いた想い人。
口を拭いながら飛びのき、顔を青くしていた。
ああ、終わってしまったと、どこか冷静な頭で考える。始まりなんてどこにもなかったけど。
「お前、今、何を」
「ごめんねせーちゃん。好きだよ」
「……は?」
「キスしたの。せーちゃんが好きだったから。ごめんね」
は、と息を吐く音がする。もうしなくなったと思っていたのに、へらりと、口角があがった。
「ごめんね」
俺に目もくれず走り去って行く。それで良かった。
「……っ、ごめんね、せーちゃん」
いつも一緒だった帰り道は一人になった。
いつも一緒だった弁当は一人になった。
俺の作っていた弁当は受け取って貰えなくなった。
いつも作っていた弁当は作らなくなった。
いつも面倒くさそうに、それでも親しみを込めて返してくれていた挨拶には代わりに嫌悪が混じるようになった。
常にある眉間のシワが俺の前だとさらに濃くなった。
たくさんの変化が、俺の心を抉る。
こうなることなんて分かりきっていたはずなのに。
辛くて、悲しくて、痛い。
でもやっぱり、せーちゃんが好きだった。
泣き虫は、まだ治りそうにない。
「好きだよ」
あなたとの思い出に、精一杯の告白を。
幸福が詰まった写真立てに、今日も俺は愛を語る。
゙あなたを愛している゙
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