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アネモネ:紫
あなたの帰りを待つと言った。
信じているからと送り出した。
笑って、笑って、顔を上げて。
心配しなくてもあなたが大好きだよと、笑って言った。
「……ねむい」
眠い。眠すぎる。
けたたましい音を鳴らすアラームを消して、ムクリと起き上がる。画面に表示されている時刻は7:00。いつもより1時間は早い。
なんでこんな時間に設定したんだっけと寝ぼけた頭で考えるけど、何も思いつかない。仕方なくベットから這い出てカレンダーの方へ向かうと、明日の日付に大きな赤マル。
「ああ、そっか、もう明日か」
明日には、大好きな彼が、俺のところに帰ってくる。
明日からちょうど一年前、恋人は遠い空の下へと飛び立った。留学したのだ。
出発の日はそれはそれは大変だった。
行きたいけど行きたくない。
寂しい。
離れたくない。
一緒に連れてく。
空港まで来てごねてごねてごねまくったのだ。
その頃俺たちは付き合いたてで、たしか二週間くらい前に思いが通じあったばかりだった。だからこそのこのごねようだったし、俺たちは付き合うまで色々あったからまあしょうがないとは思う。
いまさら取り消しは出来ないし、というかこの留学は彼が望んでいたものだったから、行かないという選択肢はもとからなかった。
だがしかし、さすがに鬱陶しい。
俺に縋り付く彼を思い切りひっぺがして、強めに背中を叩く。
「行くって決めたんでしょう」
「……うん」
「待ってるから」
「うん」
「あと、寂しいのは俺も一緒」
「ほんと?」
「当たり前でしょ。好きな人と1年も会えないんだよ」
「うわあ」
「何」
「いや、なんか嬉しくて」
ぱっと顔を上げたと思えば突然ニヤニヤしだした彼。なんだか気恥ずかしくなって、そっと顔を逸らした。
「俺、頑張ってくるね」
「うん」
「浮気しちゃだめだよ」
「そっちこそ」
「……ねえ」
「なあに?」
「俺のこと、好きって言って」
真剣な顔で、でもちょっと不安そうに、そんなことを言い出すものだから。
思わず笑ってしまった。
「な、なんで笑うのー!?」
「ふ、ふふ、ごめんね。可愛くて」
「可愛いのはそっち!いーから早く!ね、俺のこと好き?」
必死にそう聞く彼が、とても愛おしい。
そんなに不安そうにしなくても、彼の望む答えしか返ってこないのに。
「うん。だいすき。誰よりも」
そう言うと、ぱあと顔を輝かせて、年より少し幼くなる笑顔を浮かべて、彼は言った。
「俺もだいすき!」
「うん」
「行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」
そんなやり取りをした一年前。
留学期間中は何度も電話でやり取りをして、毎回心底愛おしそうに、甘い声で「だいすき」を告げられて、不安になる暇もなかった。もちろん寂しさはあったけれど、彼も寂しいと言ってくれたから。おんなじだね、なんて言って、一緒に笑った。そんな離れ離れの日々だった。
とうとう留学期間が終わり、明日彼が帰ってくる。1週間前の電話で荷物を置いたら俺の家に来ると言いはった彼のために、今日は家の掃除をしようと思っていたことをやっと思い出した。と言っても洗濯や掃除はこまめにするほうだし、やることはあまり多くはない。それなのになぜこんな時間にアラームをセットしたのか。
「……だいぶ浮かれてんだなあ」
会えるのが、楽しみだから。
それだけだった。
「とりあえず、布団干して、買い物行こう」
明日の彼を、もてなすために。
ピンポーンと、チャイムがなった。
急いで玄関に向かい、ドアを開ける。
目の前には、愛しいあなた。
「ただいま」
「おかえり」
゙あなたを信じて待づ
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