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「…すまない。約束を守ることができなくて…あと1週間早く予定さえしていれば…」 月明かりしかない室内で、ベッドサイドに寄り添うようにしゃがんだ男がポツリと呟く。 その言葉を受けて、ベッドに横になったままの女性はゆるゆると首を横へ振った。 「…神子様がいらしてくださったのよ?あなたにとっても、国にとってもとても栄誉なことでしょ? …それに、本当はやっぱり気が引けてたの。あなたの負い目を利用して、私だけ幸せになってもいいのかって…」 「負い目なんかじゃない…!オレはお前のことが…っ」 その言葉の続きを遮るように、男の口に女性がそっと手を伸ばす。 「こんなタイミングできてくださったんだもの。あなたはちゃんと、幸せになりなさいって神様がきっと背中を押してくださったのよ。…幸せに、なってね」 「…お前がいないのに、幸せになれるわけないだろう」 小さな小さな男の呟きは、月を雲に覆われて暗闇と化した室内に、沈んで消えた。 *** 結婚式の日まで、あれよあれよと準備を進められていたため、キヨが結婚相手であるレイと顔を合わせたのはなんと召喚の日以来であった。 式当日も最初に挨拶を交わした以外は言われた通りに動かされていたため、夫婦になるというのに、ちゃんと会話らしい会話ができたのは、式が終わった夜、新居として与えられた家に向かう時だった。 「…夫婦となるので、これから敬称ははずさせて頂きます。キヨ、これからよろしくお願いします」 「レイさん、こちらこそよろしくお願いします」 キヨがそう返事をすると、「キヨも敬称をはずしてください」とすぐにたしなめられる。 浮き足だっていた周りの人々と違い、レイはキヨと同様、いつも少しこわばった表情をしていた。 新居について早々に家に仕える従者さんの紹介をされると、そのまま屋内を案内をされる。 応接室に食事を取る部屋、来客部屋に物置、従者さんの部屋の場所など。そして各々の個室。 オレとレイの部屋はそれぞれにお風呂やトイレなども完備されていてとても広いのに、ベッドだけはなくて。その2部屋の間に、みたことのないほど大きなベッドが1つ設置された寝室があり、互いの部屋からそこを行き来できるようになっていた。 「…自分の部屋で寝てはダメなのですか?」 「? 寝室(ここ)までがキヨの部屋ですよ?」 「…そうですか」 どうやらこの国では夫婦は1つのベッドに寝ることが当たり前らしい。 「…それより、こちらへ来て以来、全く落ち着く暇もなくお疲れでしょう。今日は早めに体を休めましょう」 そう言われ、早めの夕食をすませると、各々の自室へと入り、寝る準備を整えることとなった。 キヨは湯船に浸かりながらどうしたものかと考える。 これから自分はどうなってしまうのだろう、とういことももちろん不安なのだが、1番の優先事項は、 (結婚したってことは、今日は初夜ってことだよな…) ということだ。 しかもあの寝室で2人きりで寝なければならない。 いわゆるテンプレ通りに進むとしたら、これからレイと肉体関係を結ばねばならないのではないだろうか。 (いや、ワンチャン神子様は穢れてはいけない~的な感じで清い結婚生活もあるのか??) しかし後者だとしたら、ベッドが1つである必要はない。 …いったいどうすればいいのだろうか。 最初は結婚相手が男というのにも驚いたのだが、あの寝室同様、きっとこの世界では当たり前のことなのだろう。「レイさん男性ですよね?オレも男ですよ?」と1度言ってはみたのだが、「えぇ、存じております」と至極当然の素振りで話を進められたため、それ以降キヨは何も言えなかった。 キヨは同性愛に偏見があるわけではない。むしろ、実際にはまだ女性しか好きになったことはないが、意志疎通のできる相手であれば男でも女でも誰でも好きになる可能性はあると考えているタイプだった。 しかしそうは思っていても、日本で生まれ育ったから同性と結婚するという発想はなかったし、それが初対面の男が相手となれば尚更だ。 正直未だに異世界に来てしまったことを受け入れきれてないのだから、レイのことをそういう対象に考える余裕などなかった。 外見だけで言えば、レイは誰もが見惚れる超絶美形であることは間違いない。キヨからみても、間違いなくカッコイイ。 (…でもなんか、他の人より笑顔がないせいか、綺麗すぎてちょっと怖いんだよな) キヨが神子で、レイが召喚者だからという完全なる政略結婚。 …レイだって自分を好きな訳じゃないだろう。 だから尚更どうすればいいのか分からず、ここから出れば寝室が待っているかと思うとなかなか湯船からあがることができなかった。 「大丈夫ですか?少しのぼせたようだと聞きましたが…」 「いえ、大丈夫です。何ともありません」 キヨが寝室に向かうと、もう既にレイの姿があった。 シルクのような綺麗な光沢のあるパジャマに、風呂上がりのセットをされていない綺麗な灰色の髪の毛は、ベッドに腰掛けているだけで妙に色気がある。 結局のぼせてロクに考えられないままこの時間を迎えてしまったキヨは、カチコチに固まってぎこちない足取りでレイの座っている反対側である、自分の入口側のベッドの縁に腰掛けた。 「……」 「……」 座ってはみたものの、レイの方へ顔を向けることができずにそのまま俯いて膝の上でぎゅっと拳を握りしめていると… 「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ、これ以上キヨに無理に何かを強要することはありませんから」 そう後ろから声をかけられる。 後ろへバッと振り向くと、少しだけ口元に笑みを浮かべたレイと目があった。 「結婚は、あくまで神子様の身分を保障・保護するのが目的です。もう目的は達成されました。ですから後はもっと気楽に…表向きにはどうしても″夫婦″となってしまいますが、私のことは夫と思わず兄や親戚など、家族のようなものと捕らえていただければいいのです」 「…そう、ですか」 それは皆の考えなのか、それともレイ個人の考えなのか。 鵜呑みにしていいのか分からないが、この時のオレは確かにその言葉に安心して、ようやく布団の中に入ることができた。 「とりあえず早く体を休めましょう。これからのことについてなどは、また明日からゆっくりお話ししましょう」 「わかりました」 「おやすみなさい」 「おやすみなさい…」 大きな大きなベッドの端っこで、仰向けで寝転がりながらチラリと横に視線を向けると、間に2~3人が入れそうな隙間が空いて反対端にレイの背中が見えた。 (こっちに背を向けて寝るんだ…) そんなレイの姿は何故か、何もしないためのアピールというよりも、まるで自分を拒絶しているように感じた。

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