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「…もうあなたはここに来てはダメよ」
入ってきた男に対して、部屋の主である女がベッドに横たわったまま声を上げた。
「病人を見舞うことの何がダメなんだ?」
男は悪びれる様子もなく、ベッドサイドまで足を進める。
「…お見舞いだとしても、よく思わない人がきっといるわ。神子様だって…」
「神子様が見舞いをよく思わないわけがない。神の思し召しで来られた方が、病人を見舞うことを咎めるとしたら、それはもう神子様ではない」
堂々としたその口振りに、逆に女の方がひるんでしまう。
「…そんなこと、嘘でも言ってはダメよ。誰が聞いているのかわからないんだから」
「…聞かれて悪いことなど、何一つ言っていない」
しれっとしたまま、男はベッドサイドに居座った。
***
目が覚めると、既にベッドにレイの姿はなかった。
自室へ戻ると部屋付きの従者さんが待ち構えており、手渡された服に着替えを済ませるとすぐ食事の場へと案内される。
「おはようございます」
「おはようございます、遅くなってスイマセン」
レイは既に着席していたが、キヨが来るのを待っていたのだろうか。スプーンやフォークなどが綺麗に配置されており、食事が始まった様子はない。
「いいえ、私が早く目が覚めてしまっただけですから。
食事の好き嫌いなどあれば遠慮なくおっしゃってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
キヨが席に着くと同時に、待ちかまえていたように焼きたてのパンやオムレツ、スープにサラダ、デザートが次々と出てきた。
こちらの食事は朝食にしては豪華で量が多めではあったが、日本のものと極端に違わないのでありがたかった。そしてなにより、1つ1つが一級品で美味しすぎる。
食事だけでもお腹一杯であったが、あまりの美味しさにデザートも残さず平らげてしまう。
綺麗に空になった皿が下げられて食後の紅茶が入れられると、レイに「このまま少し、お話しませんか?」と声をかけられた。
「…はい」
「ありがとうございます。
まずは突然違う世界に喚びだしてしまったのに、この3日間、一方的に話を進めてばかりですいませんでした。結婚さえしてしまえば急ぐものは何1つありませんので、もう無理はさせません。ご安心ください」
「はい」
「…はい。ではまず、キヨは今、気になっていることなどはありますか?」
そう問われて、キヨは初日からずっと気になっていたことを口にした。
「あ…はい。…あの、神子様についてなんですがなんですけど…初めの説明で、この国にいるだけでいい、何もしなくていいって、そう言ってましたが…本当に何もしなくていいんですか?
魔物の退治とか魔王の討伐に出るとか、穢れを清めるとか…そういうことはしなくていいんですか…?」
キヨが知っている異世界トリップもの(神子様バージョン)は、勇者や王子と共に魔物を退治するパーティーに入って光魔法や回復魔法を使ったり、聖なる力で穢れを払ったりするものがほとんどだった。たまに神子様が幸せでいることが条件で世界も幸せになる、というのもあった気がするが、いずれにしても神子様ってのは基本何かのために喚ばれるんだ。何もしなくていいなんてことは、ありえない。…まあそれはあくまで読み物上の話なんだけども。
だから聞いてみたのだが…レイはというと、不思議そうに首を傾げた。
「キヨの国にはそういうものがあったのかもしれませんが、魔王や穢れ…?というものはこの国には存在しません。魔物は存在しますし、よく出現していたのですが…神子様がいてくださるだけで、神子様がいる場所を中心に魔物は出現しにくくなると言われています。神子様から距離が離れると効果が薄れるようなので、大国では国の端の方で魔物が出現することもあるようですが…我が国はとても小さいためか、キヨが来てからこの3日間、全く魔物は現れていません。なので討伐の必要もありません。キヨのおかげですね」
そう返されて、唖然とする。
(魔物は、いるんだ…でもここにいるだけで魔物がいなくなる…?本当に何もしなくていいのか…?)
困惑しながらティーカップを握り締めていると、レイが紅茶を一口飲んでから会話を続けた。
「神子様は特に何もしなくても、魔物から守って下さる以外に天候が安定し、作物が豊かになると言われています。そこまでが全ての神子様に共通する力で、それ故に神子様は平和や幸せの象徴と言われています。ですので、本当にいてくださるだけで十分なんですよ」
「そう、なんですか…本当にやることないんですね…」
(そりゃあ小説と現実は違うだろうけど、神子様ってそんなもんなのか?)
じゃあキヨは一体、この世界でどうすればいいのだろうか。
少し眉を寄せながら、訳の分からぬ焦燥感にかられてぬるくなった紅茶を煽った。
「そうですねぇ…やること。キヨに少しだけお願いしたいことはあるのですが…」
「っはい!なんでしょうか!」
「できれば今後、この世界で暮らしていけるように少しずつこの国の常識を身につけていただければと思うのです。…ですが無理があったり、したくない時は遠慮せずおっしゃってください」
「…はい」
(それはそちらのお願いと言うよりも、むしろこっちがお願いしたいことだし…)
全然お願いじゃないじゃん、と思っていると
「…あと、できればでいいのですが、時々私の仕事に付き添って頂けませんか。
キヨが来てからは既に魔物が出なくなったり、突如豊作になったり…神子様の力が顕著にみられて国中が感謝の気持ちで溢れています。結婚式の時に大々的に顔見せを行うことはできましたが、神子様の姿を間近で見れば、国民はよりいっそう安心し、心強く思うと思うのです。
なのでできれば、私が職務で町に出る時などに、時々でいいので付き添って頂いて、皆に顔を見せていただければと思うのですが…」
そんな風に、レイはなぜかキヨに対してすごく下手というか、顔色を窺うような形で話してきた。
(レイは3つも年上なのに、なんでオレみたいな高校生相手にビビることがあるんだ…)
しかも毎回ではなく時々で、強制ではなくお願いときた。
この人は本当に、キヨに無理をさせる気がないのだろう。
「…そんなことでいいんですか?」
「していただけるのですか?」
「そんなんでいいなら、もちろん…あ、人前でスピーチとかはないですよね?そういうのは苦手なんですが…」
「ありがとうございます、もちろんキヨができそうなことだけで。やりたくないことはしなくて良いのです。文字通り、国民に顔を見せて頂くだけで…」
「はぁ…」
(…本当にそんなことでいいのか)
というかもしこれを断ったらきっと、レイはもう何もお願いしてこないんじゃないだろうか。そうしたら本当にキヨは何もしないただただこの世界にいるだけの存在になってしまう。
自分が必要とされているようでされていないようなそんな状態はなんだか無性に怖くて…とりあえずレイに言われたことは一通りやってみようと心に決めた。
…もちろんできる範囲でだが。
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