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「…また来たのね」 「当たり前だろ、今までもこれからも日課だ」 男はまた、当然のようにベッドサイドへむかい腰掛けた。 「神子様は知ってるの?このこと…」 「さあ?言ったところでどうにもならないからな」 「でも、夫婦でしょう」 「夫婦、ねぇ…」 ため息をつきながら、男は窓の外に広がる透き通った青空を眺めた。 「形だけだなら、気持ちがなくても、憎くっても、夫婦になんてなれるんだな。こんなにも簡単に」 「やめてよ、そんな言い方。神子様を喚んだのはあなたなのよ?あなたが1番の味方でいてあげないと…」 「…そんなの無理に決まってるだろう。アイツさえこなければ…」 「やめて…!!そんな風に言わないで…魔物もいなくなって、実りも豊かになって…みんな…幸せそうに喜んでいるのに」 「皆が幸せなのに、なんでオレとお前だけ…」 そう言ってぎゅっと握りしめられたその手を、女は握り返すことも振り払うこともできなかった。 *** 「今日は隣町の教会へ向かうことになってるのですが…キヨはどうしますか?」 「行きます!」 朝食後、その会話をした時には既にレイは身支度が出来ていたらしい。 そのまま従者さんから荷物を受け取ると「では行きましょう」と言われたため、慌ててオレも準備を…と思ったが、ここにはオレ自身の持ち物は何一つない。準備するものなんて何も無いんだと気づき、すぐに続いて外へ出た。 玄関を出るともうそこには馬車が横付けされていて、王子と従者さんと共にそれに乗り込む。 馬車も、城のような家も、服装も。まるでここはお伽話の世界に入り込んだようだと感じた。 「教会には監査に行くのですが…私が監査をしている間に、キヨは教会の人々に顔を見せていただけますか?教会を訪れた人や…教会には孤児が保護されていますので、その子たちと触れ合っていただければと思うのですが」 「わかり、ました」 結婚式以来、初めて"神子様"として人前にでることになる。 馬車に揺られながら、キヨの心も不安に揺れていた。 「レイ様、神子様、ようこそおいでくださいました」 到着すると、神父さんだろうか。白い衣装に身を包んだ壮年の男性を中心に、同じ服装の大人数名と、白いワンピースのようなものに身を包んだ子どもが10名ほどがずらりと並んで出迎えてくれた。 「皆様総出でありがとうございます。こちらが神子様のキヨです」 「初めまして、キヨです。よろしくお願いします」 「まぁまぁ、御丁寧にありがとうございます。我が国の神子様が初めて町へ足を運んでくださったのがこの教会とは…とても光栄に思います。さぁ、お2人ともどうぞこちらへ…」 そう言って教会の中の方へ案内されそうになるが、レイがすかさず首を横に振った。 「…いえ、あくまで今日は監査のために参りましたので、キヨは奥には同席せずに、私だけで。」 「まぁ、そうなのですか!神子様とお話しできると楽しみにしていたのですが…」 男性がチラリとこちらを見ながら明かに落胆の表情をみせる。 「神官長には私の相手をして頂きますが、キヨは子ども達や教会に訪れた人と触れ合ってくださるようです」 その言葉に神官長らしき男性は今度は満面の笑み。表情がとても豊かだ。 「そうでしたか!それはきっと皆喜ぶことでしょう!ではレイ様はこちらへ」 レイはキヨに目配せをしながら頷くと、神官長と半数の大人と共に教会の奥へを消えて行ってしまう。 (え…嘘でしょ。こんな置いてけぼりな感じなの…?) 初めてのキヨのお仕事(?)なのだから、どこで何をしてくれと細かくレイに指示してもらえるもんだと思っていたのに、まさかの何もなし。 護衛なのか見張りなのか、従者さんは2名ほど残っているが、遠巻きにこちらをみているだけで頼りになりそうにない。取り残された教会の大人の人も突然残された神子様に困惑しているようだ。 どうしたものかと視線を動かすと、1番近くにいた小さな子どもとぱちりと視線が合わさる。 「神子様…ほんもの…?」 「…ほんものだよ…」 そう呼ばれているだけでキヨに自覚はないので「多分」と小声で付け加えたが、そこは届かなかったらしい。 子どもたちはそれをきっかけに「わーすごい!」「初めてみるー!」「神子様だー!」とキャッキャと騒ぎ始めて、わらわらと周りに集まってくる。まるで保母さん状態だ。 「…えーっと、いつもこの時間はみんな何をしてるのかな?」 「いつもはね、お掃除と礼拝が終わったらね、外で走ったり土にお絵かきしたりして遊んでるんだよ!神子様も一緒に遊ぶ?」 その言葉に、残っていた大人が「神子様にそんな事…」と止めにかかったが、キヨはそれを笑顔で制した。 「よし。じゃあ一緒に鬼ごっこでもしようか」 「え、鬼ごっこ?!わーい!やったー!!」「やったー!」 (子どもたちと触れ合うって、きっとこういうことだろう) これならオレにもできそうだ、とじゃんけんで鬼を決めてみんなで教会の広い庭を駆け回った。 従者さんや教会の大人たちは、遠巻きにみているだけで混ざってはこなかった。 「神子様まてー!」 「まてー!」 「ひぃっ!」 子どもたちは口では"神子様"なんて呼びながらも、敬うことなく無遠慮にキヨを追いかけてくる。というかむしろ標的にされているんじゃないかという程に、なぜか鬼以外の子どもまでキヨをめがけて走ってくる。 子どもといっても保育園の年長さんくらいの子もいれば小学校高学年くらいの子もいるので、いくらキヨの方が体格が良くても、正直、普段こんな走り回ることなどなかったから、いつも走り回ってるであろう子どもたちには瞬発力で勝てたとしても体力ではめっきり敵わない。 「神子様つかまえたー!」 「あ〜つかまっちゃった〜」 「つかまえたー」 「たー!」 1人に捕まると、次々に子供がキヨに抱きついてきて、その重みでよろよろとへたり込む。 「もーみんな元気すぎてちょっと疲れちゃったよ…」 そのまま休憩するように腰を下ろすと、そばにいた子どもたちも一緒になって周りに座りだし、遠くの方に逃げていた子どもたちもこちらへ駆け寄ってくる。 「ちょっと休憩しよっかー」 そう言った時に、ちょうどこっちへ向かって走っていた小さな男の子が1人、地面のデコボコに躓いた様でベシっと盛大にコケた。 「あー、大丈夫ー?」 1番近くにいた子が転んだ男の子に声をかけると、「びえーーーーーん!!!」と大きな声で泣き始めた。 「あ〜〜…痛かったねー?大丈夫?」 慌ててキヨも駆け寄り、転がったままの体を起こすと、男の子は膝と手を擦り剥いていて血が滲んでいた。 「うえぇぇぇぇ…」 ひっくひっくと泣き止まない男の子に思わず 「痛いの痛い遠くのお空へ飛んでけ〜」と声をかけると、泣いていたハズの少年がポカンとした顔でこちらをみていた。 周りの子どもも「何それー?とんでけー?」と不思議そうに、キヨがお空へ飛んでけ〜の時にしたポーズを真似していた。 (え、あ…これはこの世界には通用しないんだ…) 言葉もじゃんけんも鬼ごっこも…割とすんなり通じていたからすっかり抜けていたが、ここは異世界。 まさかこんなのが通じないなんて… みんながポーズを真似してくるから余計恥ずかしくなってしまったが、 「すごい神子様!オレ、痛くなくなった!」と転んでいた男の子が元気に手足を動かしたので、 どこの世界も、子ども騙しでもおまじないは大事なんだな…と実感した。 その後、「神子様すごーい!もっかいやって!!」と子どもたちにせがまれて「痛いの痛いの遠くのお空へとんでけ〜」という呪文とポーズを何度も繰り返しているうちに、子ども達もすっかり覚えてくれた様なので、次に来た時はもう通じるだろう。 …まぁ、怪我しないでこんな呪文の出番がない方がいいんだけど。

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