12 / 18

12

耳を済ませないと聞こえないようなか細い寝息と、女の布団がそれに合わせて上下するのを確認すると、男は部屋の外へと出た。 部屋の外には1人、中に異変があったときに駆け付けられるよう、常に誰かが待機している。 「日中はどうだった?」 「未だに呼ばれた時以外は室内に入らないよう申し付けられておりますので…細かいことはわかりません。お食事やお茶の時間には入らせて頂いているのですが、昨日は起こしに行くまではずっと寝ていらっしゃり、食事はいつもの半量も食べられていません」 「…そうか。少しの音でも呼ばれたら気付けるよう、中の音を気にかけていてくれ」 「はい」 *** 「おはようございます」 「おはようございます」 キヨが夜に泣いたとしても、レイはいつも次の日は平常通り接してくれた。 それは自分が泣いた時もそうらしい。昨日は何事もなかったかのように、朝食が始まった。 (レイは昨日、どうして泣いてたんだろう…) 今まであんなに感情的になることなんて…最初の召喚の時以来1度もなかったのに。 いつも感情を無理に殺したような顔で、笑う時も口角が少し上がるくらいだったのに…泣きたくなるほどこの生活が辛かったんだろうか。 (それとも、ミリア様のこと思い出してたのかな…) 聞いてみたい。けど聞くのは怖い。 (…ミリア様のこと、聞いてみたいけどどうしよう) みんなしてキヨに、レイのイトコであるミリア様のことを話しそびれていたなんてことはありえない。 きっと敢えてその話をしなかったのだろう。 そんな話をいったい誰に聞けばいい? レイに聞いてたとして、本当のことを言ってくれるだろうか? 嘘はつかないとは思うけど、もしかしたらレイの傷口に塩を塗るかもしれないし… そもそも昨日あんなに泣いてたんだ。今日はとてもじゃないが、聞けそうにない。 いつもオレに色々教えてくれる従者さんに聞けば教えてくれそうな気もするが、オレが聞いたことがレイに筒抜けになってしまうだろう。…だとしたらまだレイに直接聞いた方がマシだ。 (そもそもオレはミリア様のこと知って、どうする気なんだろう…) 大事な結婚式や新婚生活を奪ってしまったことはどうやっても変えられないのに。 そんな時ぱっと思い浮かんだのは、オレにそのことを教えてくれた少女の、残酷なまでに純粋な笑顔。 “ 痛いのとんでけしたら、ミリア様も治るかな” 彼女の言うようにミリア様の病気を治すことができたら、何かが変わるだろうか。 …キヨの力でそれが可能かはわからないが、それでもキヨにできそうなことはそれくらいしかない。 ミリア様のことについても、あの少女なら…どれくらいのことを知っているかわからないが、きっと聞いたら知っていることはすべて包み隠さず教えてくれるだろう。 それを教えちゃいけないことだなんて、これっぽっちも思ってないから。 (あそこなら近いし、道も覚えてる…) 幸い今日は仕事がない日だ。ダメ元で行ってみるのもアリかもしれない。 「今日はまた私用で外出させて頂きますね」 レイはいつも通り、休日は私用で外出するようだ。 「はい。オレも今日は少し出掛けてきます」 「わかりました。必ず従者を連れて、くれぐれも危険のないようにだけしてください」 「はい」 さっそくキヨは従者さんの元へ向かうと「ちょっと散歩がしたいです」とお願いして、馬車を断り歩いて向かう。 昨日よりも少し早めに到着したが、教会は既に開いていた。 今日は先触れなく訪れたので、声をかけるために建物の中へと進むと、中で神父さんが子ども達に絵本を読み聞かせていた。 「まぁ、神子様!本日はどうされましたか」 キヨに気づいた神父さんが慌てて駆け寄ってくる。昨日の続きだと思ったのか、その視線はキヨの後ろにレイの姿がないのか探しているようだ。 「今日は公務のない日で…暇でして。ご迷惑じゃなければ子ども達に遊んでもらえいかなって思ってきました」 「まぁ、そうでしたか!迷惑なんてとんでもない!みんな喜びますよ!」 「ほんと?今日も遊んでくれるの?」 「やったー!」「やったー」 ここの子ども達は、ほかの教会に比べて6人と少ない。 昨日来たばかりなこともあり、しっかりと6人とも見覚えのある顔で…その中にあの少女もいた。 しかし遊んでもらいに来たと言った手前その子とだけ話すわけにもいかないので、とりあえず昨日のように遊んでみた。 しかしいざ遊び始めてみると、鬼ごっこや氷鬼は逃げるのに精一杯で話しかける暇なんてないし、かくれんぼは少女が一緒に隠れられないような狭い場所に逃げてしまった。 全然タイミングのつかめないままどうしたものかと悶々としていると、突然チャンスが訪れた。 子どものうち3人が遊び疲れてお昼寝に入っててしまい、別の2人は「お手洗いに行ってくる!」と席をはずし、まさかまさかのあの少女と2人きりになったのだ。遠くで従者さんが見守ってはいるが、周りに大人もいない。 「…ねぇ、昨日の傷、もう大丈夫?」 今しかない、という気持ちで声をかけると、相変わらず少女は無邪気に笑った。 「うん!もう何にもなくなったよ!」 ほら!と少女が足を見せてくれると、そこに傷があったことなどわからない程きれいな肌をしていた。 「そっか、よかった…あのね、ミリア様も痛いの飛んでけで治りそうか知りたいから、ミリア様の病気、どんなのか知ってたら教えてくれないかな…」 「うん、いいよー。ミリア様ね、生まれつき、心臓が弱いんだって。魔法でね、なるべく心臓を助けるようにしてるけど、治すことはできないんだって言ってたよ。体調がいい日もあるけど、具合が悪い日はずっと寝てるんだってー」 「そっかぁ…」 この世界の魔法は日本人が思い浮かべるような魔法とはだいぶ違うらしい。主に体力や回復力、攻撃力や防御力など自分を内側から強めるモノが殆どで、神子以外は基本的に自分以外の相手に対して使うことはできないそうだ。 そして自分を内側から強めるだけなので、もし傷ができて魔法を使っても、治癒するまでの時間は早まっても、一瞬で傷をなかったことにはできないそうだ。 (心臓を助けるように魔法か…。魔法を使って回復力を上げたとしても、生まれもったもの以上は治せないってことなのかな…) それとも回復よりも病気の進行の方が早いんだろうか。 こちらの医療のことはあまり詳しくないが、魔法だけでなく医療技術を持ってしても完治できないということなのだろう。 …そんなものがキヨのあの力で治るのだろうか。未知すぎてわからない。 「…ミリア様に効くのかなぁ…てかその前にミリア様に会わなきゃか」 「じゃあミリア様のお家、連れてってあげようか?」 「……えぇ?」 少女が当たり前のようにそう言うので、「お家も知ってるの?」とビックリしていると、「ミリア様のお家はね、この教会のすぐ後ろなんだよ」と言われる。 思わずその方向に視線を向けると、教会の建物に完全に隠れてしまっていたため家の全貌はわからなかったが、そこだとしたらすぐに行けそうである。 (でも今…従者さんに見張られてるし…) 正確に言うと見張りではなく護衛をされているのだが、きっと色んな事情を知っているであろうその人が、ミリア様の家に行くのを黙認するとは思えない。 「…ありがとう。でもみんなに内緒で行ってみたいから…」 そう言うと 「内緒!じゃあこっちから行こうよ!秘密でいけるよ!」そう言って急に瞳を輝かせた少女が、グイグイとキヨの手を引っ張っていく。 ないしょ♪ないしょ♪と謎の歌を独り言のように歌っているので、どうやら秘密事が好きらしい。 手を引かれるままついて行くと、そこは昨日隠れた教会と塀の隙間だった。 「ここをね、ずっと奥に行くの」 草むらをかき分けるようにして奥へ奥へと進んでいくと、行き止まりの教会裏の塀までたどり着く。 「ここのレンガね、デコボコしてるでしょ。ここを登って行くと、ミリア様のお家の前に出るんだよ!」 少女はキヨの手をぱっと離したかと思うと止める間も無くどんどん登って行くので、慌てて追いかける。 少女は手馴れたもんだったが、塀がキヨの背丈ほどだったこともあり、キヨもあっさりと登りきり、すんなりと着地できた。 「ミリア様のお家はここだよ」 少女が指差した先には、教会の裏の、道を一本挟んだ向こう側。大部分は大きな塀に隠されているが、鉄格子の門の奥に大きな庭と、他よりも大きめのお屋敷がみえた。 「ミリア様がね、お庭にいる時にここから手を振ったら、振り返してくれるんだ。それでお庭のお花をくれたりするの。…だけど最近、全然お庭にもいないの」 少女がじっと門の奥を見つめながら思い出してしまったのだろう。切なそうに言葉を紡いだ。 キヨもつられるようにして門の奥を見る。…すると、鉄格子の門の奥で人影のようなものが動いた。 (…私用って、ここのことだったんだ…) すっかり内緒を忘れてしまったのか、それともたどり着いたことで内緒の時間は終わってしまったのか。 「レイ様だー!」 少女が無邪気に大声を上げたため、鉄格子の向こうにいるレイとぱちりと視線が合わさった。

ともだちにシェアしよう!