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その光は扉や窓の隙間からも外へと溢れ出すほどだった。 「何事だ!!」 レイがバンッと扉を開けて中へ入ってくる音がしたけど、キヨは光の発生源である自分の手から目が離せない。 (ミリア様の手の痕が消えてゆく…) それはまるでキヨが触れている部分を中心にゆっくりと水の波紋が広がっていくように、痕のあったはずの場所が徐々に白魚の様な綺麗な肌へと変わっていき…ついに痕は完全になくなってしまった。 ミリア様が驚きのあまり反対の手を口元へ持っていった。…するとそちらも手首から手先へ流れるようにみるみる傷がなくなっていく。 (…すごい…全部消えていく…) だったら神様。こんなことができるなら、どうせならミリア様の心臓の病気も治してよ。 だってこんな力がある神子(オレ)がレイに喚ばれれたことに意味があるのなら、きっとそれは… ピカッ!!! 一段と強い光の後に、光がバラけて散っていくように、キラキラした光の屑が部屋中に舞った。 「今のは、何だったんだ…」 レイがキヨの後ろで、ポツリと呟く。その言葉で驚きで固まっていたミリア様がようやく動き出した。 「レイ、見て!!どうしよう…!手の痕が、手の痕が消えたの…!」 「は…?そんな、まさかっ…」 ミリアがレイに向けて両手を突き出す。 レイはその手を取って、キヨを見て、そしてもう1度じっくりとその手を見た。 手に触れてみても、動かしてみても…まるで最初からそういうものであったかのように、白い肌には傷一つ見当たらない。 「嘘みたい…信じられない…」 「あぁ、信じられない…だが、とりあえず落ち着け。あまり興奮すると心臓に悪い」 「心臓…?」 ミリアがぱちぱちと目を瞬かせてから右手で胸を押さえた。 「心臓も…変だわ。魔法を使わなくても普通に動いてくれてる。全然魔法を使う必要がないみたい…!!」 「そんな…まさか…っ」 まさか本当に、キヨの願い通り心臓さえも治ってしまったのだろうか。 「すぐに医師を呼んでくる!」 レイが視線を一瞬こちらへ寄越した後、見たこともない早さで部屋を走り出していった。 (良かった…良かった…) キヨは自分の掌を見つめてからぎゅっと握りしめた。 「ありがとう、キヨ様…私っ私なんてお礼を言ったらいいか…」 ミリアが震えながら、ハラハラと涙を流し始める。そんな姿は本当に、妖精のように美しい。 キヨはふるふると首を横へ振った。 「お礼なんて…オレはやっと、オレがこの世界に喚ばれた意味が分かった気がしました」 ミリアはその言葉に僅かに首を傾げた。 「神子様はこの国を平和に、幸せにするって聞いてたのに、この国が平和になっても、喚んでくれたレイが全然幸せにならないから…オレのせいでミリア様と結婚できなくなったり、オレなんかと結婚させられたり…辛いことばっかりでおかしいと思ってたんです。こんなの絶対喚んでくれた人が1番幸せにならなきゃなのに、なんでオレがレイの神子だったんだろうって… でもきっと、このためだったんだ。 オレはきっとこの力で、レイを幸せにするために…ミリア様を治すために、そのためにきっと喚ばれたんだなって…」 その瞬間キヨの体の周りに、先ほど散っていった光の粒かそわそわと集まりだす。 それはとても幻想的な光景で、ミリアは何も言葉を発することができなかった。 (本当はこんな力じゃなくて、オレ自身でレイを幸せにできればよかったのに…でも) 「オレじゃレイを幸せにできないから…辛くさせるばっかりだから。ミリア様じゃないとダメだから…だから、」 キヨの言葉を遮るように、キヨの足元に突如現れた魔法陣が、強烈な光を放った。 キヨはこの時、どうしてこんなに胸が苦しくなるのか、その理由にようやく気がついた。それと同時に、あとは自分がここにいなければきっとレイが幸せになるのだと…自分はこの国に要らないのだと、確かに、心の底からそう思ったのだ。 レイが医師を連れて部屋に戻った時には、うっすらと魔法陣とその光の残骸だけが残されていた。 *** 「心臓は、確かに順調のようです。チアノーゼも全く見られませんし、音も、血液検査の結果も正常です。…もう少し精密に検査をしてみないと完治しているかまでは判断できませんが、今ある所見だけをみても、劇的に良くなっていることは間違い無いでしょう」 「そうですか…」 ミリアの心臓が良くなってると言われたのに、2人はとても複雑な表情をしていた。 ミリアは自分の手の甲を見つめて、そこを撫でて、それから心臓へと手をやる。そして、それを治してくれた人物を思い浮かべた。 「…本当に、目の前で消えたのか」 「えぇ。レイが部屋へ帰ってくる直前に」 確かにレイが部屋に入った時に床に魔法陣のようなものが見えていた気がするが、ミリアに「目の前でキヨ様が消えた」と言われても、レイはどうしても信じられなかった。 「…家に行ってみる。先に帰っただけかもしれない」 「…レイっ」 ミリアが声を上げたが、レイは振り返ることなく走った。 家は近いので全力で走れば5分程しかかからない。 出迎えた執事達には目もくれず、一目散へキヨの自室へと向かう。 ノックもなしに扉を開けると、そこにいたのはキヨ…ではなく部屋付きの従者だけ。雑巾を手にし、部屋の掃除をしているようだった。 「…キヨはいないのか」 「はい。まだお戻りにはなっておりません」 そう言われたのにもかかわらず、キヨの部屋に備え付けられたトイレや浴室を覗いた後、寝室へと向かう。しかしキヨは、どこにもいない。 部屋を後にし、リビング、食卓、応接室と可能性がありそうな場所全てをしらみ尽くしに探すが、やはりキヨはどこにもいない。 家にいないなら、あと可能性があるのはどこだろうか。 (あとは教会か、ミリアの家のどこかか…) キヨが知っている場所で馬車無しで行けそうなところはそのくらいしかない。 もう1度外へ走りだそうとすると 「レイ様!!」と執事から大きな声がかかった。 「…なんだっ」 もどかしい気持ちで振り向くと、執事は青い顔をしている。 「王都のハズレに、魔物が出現したようです。レイ様とキヨ様は至急王宮へ来られるようお呼びがかかりました」 「…っ」 魔物が出た。神子様がいれば出ないはずの魔物が、しかも王都で。 「…わかった、すぐに向かう」 1人で馬車へと飛び乗る。執事は何か言いたげな顔をしながらもそのまま送り出した。 数十分ほどで王宮へたどり着くと、人々がいつもよりも慌ただしく動き回っている。 「あぁ、レイ!早くこっちへこい!…キヨ様はどうした?やっぱり何かあったのか」 「……王都に魔物が出たそうですが」 質問に答えることなく質問を返したレイを、王は咎めることもなく「あぁ」と頷いた。 「王都だけではない。森が近くにある地域でも何件か報告が上がっている。キヨ様が来てから半年近く魔物は現れていなかったから…皆突然のことで慌てておる。…それで、キヨ様はどうした?具合でも悪いのか」 「……1時間ほど前から、姿がみえなくなりました。ミリアの話では、ミリアの目の前で、キヨが消えたと」 「なんと…!!…そうか、そうか…キヨ様は、いなくなってしまったのか。だから…」 「……っ」 王は顔を固くしながらも、何度か頷いてそれを飲み込んだようだ。 しかしレイは国王のようにすんなりと認めることはできなかった。 それから魔物の対応のために兵を派遣したり、退治後の後始末や報告書をまとめ終えて、レイが家に帰れたのは夜中の1時を過ぎた頃だった。 屋敷に戻ると、執事にだけ迎えられる。…他の従者はもう先に休ませたのだろう。 暗く静まりかえった屋敷の中を進み、自室をすぐに通り抜けて寝室へと入る。 いつもならとっくに、キヨは寝ている時間だった。 しかしそこにはただ綺麗に整えられたベッドがあるだけで、キヨの姿はどこにもない。 シーツも枕もピンとしていて、キヨがいた形跡すらない。 「…本当に、いなくなってしまったのか?何で…オレに何も言わずに…っ」 この日、神子様はこの国から消えてしまった。 だから寝室でレイが涙を零そうとも、誰も気付くものはなかった。

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