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10-大団円(8)

クリスマスは平和にやり過ごして、年末。 赤と白と緑ときらきらふわふわはどこへやら、街が(きた)る新年一色にしっとり塗り替えられている。 ああ、クリスマスはもちろんイベントラッシュで終わりました。 悠さんとゆっくり? ご飯を食べていくためにはそんな事してる場合ではないのです。 今日は昼過ぎからミニコンサートとトークイベントをやって、なんだか悠さんのボルテージが上がっている。 「なんか今なら何でもできそうな気がすんだけど。次は何をやれって?」 「いえ、今日はこれで終わりです。次は明日のランチタイムコンサートですよ」 「はあ?!俺は今すぐ思いっきり暴れたいぞ?」 「そのテンションは明日のために保っておいてください。事務所帰りますよ」 「え?えぇ?拍子抜けだな、おい」 うずうずしている悠さんを連れて事務所に帰ると、とんでもないことになっていた。 「おい吹雪、もうちょっと下げらんないか。……あー、OKOK、そのまま降りるぞ」 山岡さんと桧山さんが二人がかりでデスクを一階に降ろしている。 「何やってんだお前ら。あ、とうとううちも夜逃げか?夜逃げの準備か?」 「馬鹿言うな、大掃除だよ。要らねーデスクを捨てちまおうと思ってさ。所長まで総出でやってんだ、お前らも手伝えよ」 事務室も埃舞う戦場だった。 「へくしっ」 入った途端に悠さんがくしゃみを連発する。 「なんだこれ、ひでー……くしっ」 あちこちの棚の上に積もり積もった埃を、近江さんが拭いて回っている。 二宮さんはシュレッダーに山のようなエサを食べさせている。 所長は、ジャケットを脱ぎ腕まくりをして所長室の片付けをしている。 「あー駄目だ、こ……えくしっ……俺はスタジオ片付けることにするぞ。埃が落ち着いたら呼んでくれ」 悠さんはさっさと三階に退避した。 俺はどうしようかと考えて……まずは自分のデスクの片付けをすることに決めた。 普段から要らないものはこまめに整理しているつもりだったが、掃除しようという目で見ると、気になるものが意外とあった。 皆で飲みに行った時のレシート、悠さんからの買い物メモ、悠さんから押しつけられた使途不明の資料、なぜか紛れ込んでいた楽譜……。 楽譜は書庫にしまって、残りの愛すべき不要物は懐かしみながらも処分する。 来年も新たに溜まっていくのだろう。 デスクの掃除を終えたので、まだやっていないという窓ガラスの拭き掃除をする。すべて拭き終えたところで、片付けを終えたメンバーが次々に戻ってきた。 「なー、アイスとドリンク処分するの手伝ってくれよ。賞味期限が切れそうなんだよ」 悠さんが三階の冷蔵庫から持ってきたビニール袋を、ゴン、とデスクに置く。 袋を覗き込んだ山岡さんが提案する。 「所長、納会しませんか。仕事はまだありますけど、ここでいったん区切りをつけるのはどうですか」 「そうねぇ、大掃除して疲れちゃったし、いいんじゃない?」 所長が同意すると、祭り男の山岡さんはてきぱきと指示を出した。 「吹雪と圭吾、酒買ってこい。肴がアイスだからそこんとこ考えろよ。アイスだけじゃ辛いから、理沙ちんは口直しのしょっぱい系の菓子買ってきてな。俺と颯人と悠は会場を作る」 一息に指示を出すと「散!」と手を叩いた。 ◇ ◇ ◇ 宴もたけなわになった頃、悠さんに誘われて屋上に出た。 今日は風があまりないので、寒さも緩めだ。 後からやって来た悠さんが、がちゃんと屋内に通じるドアを閉める。 たたっと走ってきたかと思うと、勢いよく俺を抱きしめた。 「なーあー、颯人ぉ。返事くれよ」 「何の返事ですか?」 聞き返したけれど、答えを聞くまでもなく分かってる。 耳にキスをして囁く悠さん。 「決まってんだろ?結婚か、同棲か」 「ふふ」 実際に会う前から好きだった――もちろんピアニストとその一ファンとして――けれど、山あり谷ありな日々を越えた今は、一人の男として、悠さんが好きだ。 言葉にはしないけれど、この、俺の気持ちは間違いなく悠さんに伝わっている。 さて、そろそろ返事をしようか。 それは重い選択だけれど、どちらかと問われれば、もちろん返事はもう決まってる。 「小原悠さん」 「は、はい」 改まって名前を呼んだら、悠さんは俺から離れて、まっすぐ前に向き合って立った。 一瞬、二人無言で見つめ合う。 「俺と、結婚してください」 どうせ返事は分かっていたくせに、悠さんの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。 悠さんの右手をとって、軽く引いたら俺の腕の中に悠さんが落ちてきた。 「す、」 一言口にしたきり、悠さんがフリーズした。 繋いだ手をぎゅっと握ったら再起動して、もう一度まっすぐ向かい合った。 「末永く、よろしく、お願いします」 「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします」 少しショックから立ち直った悠さんが、もう一度俺を抱きしめる。 「本気で幸せにしてやるから、覚悟しとけよ」 「望むところです」 なんだか妙なやりとりをして、二人顔を見合わせて笑った。 一息つくと、急に悠さんが腕の中から抜け出して、元来た屋内に戻ろうとする。 「こうしちゃいらんねぇ」 ぎきぃ、と音を立てて扉を開く。 「行くぞ、颯人」 「は?どこにですか」 「決まってんだろ!皆に報告……いや、自慢しに行くんだよ!」 階段を勢いよく降りていく悠さん。 その軽い足取りにまで悠さんの嬉しさが溢れている気がして、俺は頬を緩めてゆっくり後を追った。 途中、トイレから山岡さんが出てきて、走ってきた悠さんとぶつかりそうになった。 「お!おい良太!!颯人と俺結婚すっから!!」 悠さんは振り返ってそれだけ言うと、また事務室に向かって走っていった。 「おー……そりゃ、おめっとーさん。……え、結婚?」 山岡さんが一人ぽかんとしているところに俺が追いついた。 「おいおいおい、颯人、良く分かんねーんだけど。結婚て、まじで?」 「まじです。お騒がせしてすみません。悠さんと私、結婚することにしました」 そう答えると、山岡さんは喜色満面で俺の背中をバンバン叩いた。 「そっかー!こないだまで喧嘩してたのに、やるじゃんお前ら!おめでとうな!!」 「ふふ。ありがとうございます。山岡さんが色々応援してくださったおかげです」 事務室の方から、悠さんの喜びに満ちた声が聞こえた。 「よく聞けお前ら!――」 ◇ ◇ ◇ 「悠さん、着きましたよ」 悠さん自宅前の、いつもの場所に、いつもと同じように車を停めた。 後部座席で腕組みをして俯いた悠さんは、いつもと同様に、ぐっすり眠っている。 「悠さん、起きてください」 声をかけても、悠さんは俯いたまま起きようとしない。 俺はわざとため息をついて、運転席をおりた。 後部座席のドアを開ける。 「悠さん、着きましたよ。起きてください」 「んー……」 唸り声をあげたっきり、悠さんはやっぱり起きない。 ……いや、起きている。 頬がぴくぴくと微かに震えているのがライトに照らされてはっきり見えた。 まったく、ワガママ王子はこれだから。ねえ? 待ってるのバレバレですよ、と心の中で囁いて、悠さんの顔に手を伸ばした。 頬に手を添えて、お望みのキスを贈る。 途端に、悠さんの我慢が限界に達して、両腕でしっかりと抱きしめられた。 かなり強引に、二人してシートに転げ込む。 「ちょ、ちょっと悠さん」 キスの雨を降らしてくる悠さんから、ひとまず退避しようともがくけれど、悠さんは逃がしてくれない。 「だァめ。颯人は大人しくキスされてんの。たまにはいいだろ?」 「たまに、って何ですか?!車乗る前にも散々キスしましたよね?!」 ふふん、と悠さんが鼻先で笑う。 「キスは多ければ多いほどいいんだよ」 ようやく、悠さんの顎を捉えてキスの雨を止めた。 「私は、『量より質』派なんです」 今度こそ、俺は悪戯でなく、真心をこめたキスを悠さんに捧げた。 -完-

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