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第1話

――――  昔むかしあるところに全く似てない双子の兄弟がおりました。  兄の名は謝考賢(シャ・コウケン)。名は体を表すがごとく幼少時から国一番の秀才と名を馳せ、受験可能年齢になるや国試を一発合格、門下省・尚書省が取り合い尚書省が勝ち取るも三年の下積み期間(という名の各部たらいまわし、要は下っ端)のうちから六部の尚書が是非にと望む頭脳明晰さは更に噂を呼び、現在勤める戸部への配属は六部尚書同士の無駄な争いを嫌った皇帝陛下が「そんなに優秀なら国庫の財政を立て直せ」と直々に決めた配属だと、嘘か真か語られる始末。  だが、それ以上に有名になったのがその姿だった。  三年の下積みが明け晴れて戸部へと配属になったのが六年前。だがその後、孝賢の姿を見た者は戸部の中でもごく一部。  戸部尚書の計らいにより正式な勤務の初日から戸部棟の一部屋が研究のため孝賢に与えられて以降、日のほとんどをその研究室で過ごすようになった。月日が経つにつれどんどん孝賢の現在の顔を見たことがある者が減り、そうするうちに幽霊と称されるようになった。  そんな折に街中、否 国中の噂になった男がいる。  その男の名は謝嘉翔(シャ・カショウ)。国東の村から三年ほど前に出てきた嘉翔はその相貌の美しさから一気に噂になった。  女性的にも男性的にも見える細面に大きな目。唇は紅を塗ったかのように艶やかに赤く、結い上げた黒髪は光を受けると輝くほど艶が煌めき、その体躯も細すぎず若竹を思わせるしなやかさだった。  嘉翔は元々住んでいた村で薬師に弟子入りしあらゆる薬草の研究をしていた。だが村で手に入る薬草の種類には限りがあり師も教えることが無くなったとして、より多くの薬草と薬学を求めて帝都の薬屋へ弟子入りしたのだ。  嘉翔のあまりの美しさに懸想する者が絶えず、それも老若男女問わなかったため薬屋はそれはそれは繁盛した。繁盛したが嘉翔を見るためだけに訪れる者も後を絶たず、やがて客と物見の数が逆転した。  困った店主はしたたかな商売人だった為、店の裏側に面する部屋に高価な硝子を嵌めた調合部屋を設けた。嘉翔はそこで仕事に励み、物見だけの者は裏通りに列をなした。  そして店頭では嘉翔が調合した薬を他の者が作った薬とは別に高値で販売した。嘉翔手ずから作った薬は飛ぶように売れ、また本当に薬を必要とする者は混雑なく定価で薬が買えるし品切れもないと大好評となり、店は更に繁盛した。  一度不届きものが顔を良く見たさに硝子へ石を投げる騒動が起きた。だが嘉翔の「誰か」と呼ぶ声に周囲の物見が協力しその場で捕らえられた上、刑部での裁定結果と賠償額が店主により表に張り出されると誰も石を投げようとする者は居なくなった。  ちなみに懸想した者に出仕の行き帰りを狙われる事も最初は多かったが、嘉翔はたいへん剣の腕が立つ剛の者でもあったので刀で棟打ちして昏倒させ、廷尉を呼ぶ。そのうち廷尉を呼ぶことすら億劫になったのか夜道に昏倒した男が散見されるようになった。  発見されるたびに廷尉が男を介抱して事情を聴くと、皆揃って何でもないと言葉を濁しそそくさと立ち去る。廷尉でも嘉翔がやったことだろうと目途は立てていたが、昏倒している以上に傷は見当たらず本人が何でもないという。更に嘉翔が襲われた側であろうと推測されるため事件になることはなかった。  街中で硝子事件と呼ばれる騒動の直後、嘉翔が薬の包みを抱えて戸部を訪ねて来た。  既に国中で噂になっていた嘉翔の突然の来訪に戸部だけではなく六部全てが浮足立つ。来訪の報せは光のごとく各部省を巡り、暇も多忙も問わず噂の美貌を一目見てみようと戸部の棟の周囲には何重にも人垣が出来た。  だが、更に激震が走ったのは嘉翔が訪ねた人だった。  嘉翔が訪ねたのは、戸部の幽霊校書郎・孝賢。しかも面会を求める書類に書かれた続柄が「兄」だったので今度は国を預かる三省六部がひっくり返るような大騒ぎとなった。  さて、この世界には生まれた時から持つ男女の性とは別に、少年から成人するまでの間に是・譲・隠の三つの性に分けられる。  「()」は非常に優れた性で文武両道に長け、女性でも高官に召し上げられることもある大変重要な性だった。  だいたい元から頭が良いか武道に邁進するような子供に顕現することが多く、幼少時に頭の良さを見込まれた子供はどんなに貧しい家の子でも藩主が特別に書院に招くこともあった。そのため貧しい家では子の成長が何よりの希望とする世帯が多く、またもし是の性でなくても優秀な子はそれまで学んだ学力で地方役人ほどなら成れたので本当に希望だったのである。  「(ジョウ)」は普通の性だ。子供が百人居ればほぼ九十九人が譲の性である。  性の三別を提唱した昔の学者が、人民が譲り合って生きて行くことを願い、普とする予定だった性の名を譲に変えたと言い伝えられている。  そして最後の一つが「(イン)」。千人に一人居るか居ないかと称される大変珍しい性だ。  隠は総じて眉目秀麗で、こちらも幼少の時期からその将来を期待される。  隠の性を持つ者は男女を問わず子を孕むことができ、しかも隠の性から生まれる子は是か隠しか生まれないと言われる。  そのため隠の者が顕現すると村から藩へ、藩から縣へ、縣から国へと報告が課されているのだが、往々にして途中で握り潰され、是の子が欲しい権力者の囲い者にされることが多かった。  また隠には不思議な体臭があり、身近な是を誘うという噂がある。体臭ではなく「体香」と記されるこの匂いは特に妊娠に適した時期に濃く漂い、鼻が良ければ譲でも気づくほどだとか。  隠の体香で惑わされた是が暴行事件を起こすことも稀にあり、この国では是が優先されるあまり刑部の判断も暴行した是が無罪となるのだった。  この話は『昔むかしの   似てない双子の兄弟』の話。  さてさて、どんな話になることやら……… <<続く>>

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