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第5話

――――  嘉翔はその将来を悲観されて育った。  生まれた後、目鼻立ちがはっきりとするにつれ「あの子はきっと隠になる」と呪いのように周囲から囁かれた。  自分を愛しむ母ですら、御免、御免と泣いて嘉翔の行く末を憐れみ、父は腫物に触らぬようにする余りその存在を疎んだ。  そんな中、唯一と言っていいほど嘉翔を嘉翔として接してくれたのが、兄である考賢だった。  何処へ行くにも付いて行きたがる嘉翔の手を取り連れまわし、書院に通うとなれば嘉翔も一緒にと訴え、逆に母から剣術を習うように申し付けられた嘉翔が兄と一緒がいいと訴えると考賢は嫌な顔もせず付き合った。とは言え 残念ながら考賢の剣術習いは長くは続かなかったが。  考賢だけが嘉翔の世界で、考賢の足手纏いにならぬよう嘉翔は薬学に精を出すようになった。  いずれ「是」を顕現する考賢。そして「隠」を顕現する自分。ならば二人で並び立つ事だって出来よう。幼い嘉翔の考えはその世界から出ない。  だからこそ、その隣に並び立ちたいのであれば考賢の足を引っ張ることが無いよう隠の薬をもっと研究しないといけない。  そう考える嘉翔の身に変化が起きたのは、十三の冬だった。 「なあ嘉翔、お前その歯?どうした?」  嘉翔の変化に誰よりも早く気が付いたのも考賢だった。嘉翔ですら気付いていなかった小さな機微を見つけ、問うてくる。 「何って、え?」  歯に何かあったのか?それとも昼餉の海苔でも付いて残っているのか?首を捻る嘉翔の手を引っ張り家の鏡の前へ連れて行く。 「ほら、よく見ろよ」  鏡の前に嘉翔を押し出し、考賢はキラキラとした眼で見詰める。  鏡の中の嘉翔に別段変わったところは見当たらない。だが、確かに左右の犬歯に違和感を憶えた。下の犬歯はそんなに変わらないが、上の犬歯が少々尖っている気がする。  だが自分の知識の中にそんな変化の心当たりがない嘉翔は、心許ない表情で考賢を振り向く。考賢はキラキラとした眼のままギュウと嘉翔の手を握った。 「良かった。」だったんだな!」  考賢は嘉翔の手を引き、父と母へとその顕現を報告した。半信半疑な両親にはその軽微な変化は見て取れず、一月後改めて医師を呼ぼうという事に落ち着いた。  そして約束の一月後には 嘉翔の犬歯は立派に発達し他人が見てもそれと気付ける程となった。医師の検分で下履きに秘されたその楔にも「是」に顕現する「瘤種」が認められ、晴れて嘉翔の性は「是」だと認められた。  満面の笑みで喜ぶ兄と、涙を流して喜ぶ母。よくやったと久方ぶりに誉める父に囲まれた嘉翔は、内心落胆していた。  自分自身ですら「隠」だと思い込んで生きてきた。急に「是」だったと判っても、今までの十三年間は何だったのかと気持ちが追いつかない。  しかも子供の頃から抱いていた夢が、これで潰えてしまった。  兄・考賢の伴侶となって連れ添うことが夢であり目標だった嘉翔にとって、いきなり全く違う現実を突きつけられ、その夜布団の中でこっそり涙した。  ぐすぐすと鼻をすする音を聞いて考賢は嘉翔が泣くほど嬉しかったのだと自分も喜ばしく感じた。  その「是」性が顕現した後も嘉翔は剣の研鑽を怠らなかったし、薬の研究も続けた。  考賢が村を出て帝都へ行くことは既に決まったも同然だったし、今から同じ学問を選ぶよりも他人に負けないくらいの職を手に付けることで帝都へ出る方が考賢の近くに居れるであろうと目途を立てた。  少しだけ修正を余儀なくされた嘉翔の未来は それでも考賢の傍を望むことに変わりはなく、十三になるまで身に着けた知識と腕で身を立てて行こうと決心していた。  十四を迎えた冬、皆がそうだと思っていたように考賢は国試を一回で通った。だが、皆がそうだと思っている「是」性は一向に顕現する気配がなかった。  春になる前に村を出立する時になっても考賢に「是」の兆候は出ていなかったが、こればかりは個人差であって稀に二十歳を過ぎてから顕現する者も居ると医師に言われると そんなものかと納得するしかなかった。  そして、出立の日。嘉翔は考賢の手を取り強く握って約束した。 「俺もいずれ帝都へ行く。この藩の…否、縣の薬草を学び尽くしたらすぐにでも帝都へ行くから!待っててね考賢!」  あれからもうすぐ二年半を越えようという頃、嘉翔は縣一番の薬屋で薬師の腕を磨いていた。  最初に勤めた藩一番の薬屋は二年でその扱う薬を全て研究し尽くし、この春に今勤める薬屋へと移ったばかりだった嘉翔の元に手紙と金子(キンス)が届いた、兄・考賢からだ。 「え…何これ……」  封を開けた手紙には、手紙とは別に小さな薬包が入っていた。 ―――嘉翔 元気しにしてますか、ちょっと困ったことがあり急遽連絡してる次第です。  僕は今見習い期間中なのであまり六部と寮以外に出歩くことが出来ないのですが、同封した薬が入用になってしまいました。僕は薬には詳しくないのでこれがどういった薬かよく知らないのですが、優秀な嘉翔のことだから、物自体があれば同じ薬を作ることが出来るのではないかと思って入れました。  突然の不躾な頼みで申し訳ないが宜しく頼む。  そんな素っ気ないような手紙に添えられた薬包を開けると、嘉翔には嗅ぎなれた匂いがした。 「これは……」  隠の熱期を抑える薬。母から一番最初に教わった薬に、とてもよく似た香りだった。  素材が上質なのか、もしかしたら自分が知ってる配合に少し別の薬が加わってるのか、全く同じ薬ではないがそれでも見知った薬である。  だが、そうと悟った瞬間その用途を考え、嘉翔はギリと唇を噛んだ。  二年以上も離れることは初めてだった。離れてる間に帝都で隠の女性と考賢が恋仲になったのかも知れない。見習の収入ではそうそうまともな薬を手に入れられないのか……そう言えば前に店で応対した旅の者が、薬の質の良さと対価の安さに驚いて 店にあった大半の薬を買って帰ったこともあった。旅の者は帝都からだと話していたので あちらでは薬は庶民では手を出せないとても高価な物なのかも知れない。  はぁ。と溜め息を吐いて嘉翔はもう一度薬を手に取り指先に少し付けて舐めてみる。牛蒡子と金銀花、連翹に甘草…それに少しずつ羚羊角、荊芥、淡竹葉も僅かに入っている。  それと、薬全体に感じる清涼感はたぶん薄荷とか言う生薬なのであろう。国北の限られた地域でのみ採取されると聞いた事がある。国東地方ではなかなか手に入らないから知識でしか知らない薬……やはり帝都では手に入る種類が違うのだと素直に感嘆しながら、感じたままに嘉翔は生薬の種類を書き留めていった。  考賢に求められた薬と多すぎた金子を送り返して一月半、嘉翔は添えた手紙の返事を待ち侘びた。  やはりどうにも相手の事が気になり過ぎ、嘉翔は薬と一緒に返した手紙で考賢を詰問した。相手の名前や年齢、とにかく何でも相手に関することを教えるよう長い手紙を書いた。  待ち侘びた返事は最初と同じ素っ気ないようなものだったが内容があまり無いのに妙に長い。嘉翔はその手紙の最後にある仕掛けを見逃さなかった。 「これは…じゃあ、読み方を変えれば……」  手紙の最後に添えられた記号。それは幼い頃、秘密の手紙が両親に見られても大丈夫なように暗号を仕込んだ時だけに使った記号だった。手紙の中にある法則を探し、その式に則って手紙を読み直す。 「……ジブンガツカウ……? はぁ? 読み間違えたかな…」  だが、何度読み直してもそうとしか読めず、正解が導かれないことに焦れて嘉翔は読み解きを放り投げた。 <<続く>> ―――――――――― ※その一・作中の犬歯と瘤種について 実はほんの僅かなプロットからこの話を書き出したので、この話のオメガバースの設定はかなり後付けだらけです。 是も決めずに進めてたので、いわゆる「キバ」と「ノット」をこういった表現にいたしました。 ※その二・作中のお薬は熱や腫れを鎮める漢方「銀翹散」の主成分を参考に記載しております。 ※※⑥話目以降は数日開けて更新します。続きが気になる方は本更新してるムーンライトノベルまでお越しください(https://novel18.syosetu.com/n6895gg/)※※

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