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09.藤の花、揺れ

 情けないことに、声が上ずった。 「おれなんか、好きになってもいいことなんてなんにもない。付き合うとか、付き合わないとか、それ以前の問題。だって、おれもトーヤくんも男だ。しかも久栗坂って言えば、久栗坂財閥なんじゃないの。許婚とか、婚約者とか、いるでしょ、普通。それに、――おれ、化け物だし」 「男同士だからって何。恋に性別なんて関係ない。好きになってしまったんだもん。仕方ないでしょ。確かに僕は財閥の人間だけど、嬉しいことにキョウダイはたくさんいるんだ。家族間の仲も悪くない、跡取り問題も解決済みだ。僕の家族は心が広いから安心して。許婚も婚約者も残念ながらいないよ。うちの両親は子どもの自由を尊重してくれる。――自分のことを、化け物だなんて言うなよ。僕は、角のない志荻に心奪われて、角のある志荻に惚れ直したんだ。ふたりの志荻に、僕は恋したんだ」  はらり、ひらり。花弁が溢れる。  まるで、泣いているようだった。 ふたりを囲むように花弁が床を隠してしまう。後片付けが大変そうだ、とか現実逃避をするが、抱きしめられてぴったりと感じる熱を意識してしまう。 「ねぇ、好き。志荻、好きだ」  カァっと首筋まで赤くなる。  今まで、こんな感情を向けられたことなかった。  息が詰まる。呼吸の仕方を忘れてしまったみたいで、神経も焼き切れそう。  志荻の世界は、一と零でできている。両極端で、とってもとっても狭い世界で、一族の皆は一。自分自身も一。そのほかは零だ。  クラスメイトも、教師も、ルームメイトも関係なく零。――零だったのに、トーヤは境界線を飛び越えて、一に無理やり入ってきた。  ただ同じクラスで、たまたま同じ寮の部屋で共同生活をする、顔の良い同年代。  たったそれっぽっちの存在が、いつの間にか存在を大きくして確かに志荻の中に存在を確立してしまった。  いとこが知れば喜ぶだろう。しーちゃんに大切な人ができた、と。声を上げて、両手を挙げて喜ぶだろう。  志荻はただただ悲しくなった。悲しいはずなのに、確かに心が熱を上げている。  自身の家系、家柄、一族のしがらみを思えば、トーヤの気持ちに応えてはいけないはずなのに、このひと月、距離が近すぎたのだ。  気づかないふりを、鍵をかけた心の中ですくすくとトーヤへ対する気持ちが育ってしまった。一緒に過ごして心地良いと、感じてしまった。  花はひらひらとはなびらを散らす。 「おれも――すき」

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