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08.藤の花、揺れ

 尋ねるつもりなんてなかった言葉が考えるより先に口から飛び出した。  一瞬、何を言われたかわからないと言った顔をした志荻だったが、徐々に目を大きくして――ぶわり。濃密な花の香りが広がった。 「ぁ、あ……! み、見ないで!! 見るな!!」  ガタンッ。大きく音を立てて椅子が倒れる。はらはらと赤い花弁が宙を舞った。  幻想を、夢幻を見ている錯覚に陥る。甘い香りが夢へと誘う。  呆然と、花に目を瞬かせたトーヤは静かに立ち上がった。夢にまで見た、あの美しい角。  床にうずくまり、主張する赤を隠そうと必死に身を縮こまらせ、両腕で頭を抱える志荻のつるりと白い額から二本生えて花を咲かせる角。  顔色を失くし、カタカタと震える志荻はとてもかわいそう。何にこんなにも怯えているのだろう。ここには自分(トーヤ)と志荻しかいないのに。  恐怖を払ってあげたい、もっと美しいその姿を見せてほしい、感情がごちゃ混ぜになり、言いたいことがまとまらない頭に苛立ちを感じた。  どうしたら怯えないでくれるの、奥歯をかみ締めて、伸ばした手は志荻の細い肩に触れてそっと優しく抱きしめた。  抱き寄せられた志荻はひときわ大きく体をびくりと跳ねさせ、トーヤがそれ以上行動に移さないとわかるとゆっくりと顔を上げて困惑をあらわにする。 「……志荻」  耳になじむ心地よい低音が、鼓膜を響かせる。ぎゅっと目をつむり、次の言葉を待った。 「志荻、綺麗」  予想していなかった言葉にきょとん、と恐怖も吹き飛び目を丸くした。床のタイルに、赤色が映る。 「入学式の日、倒れたでしょ。保健室で――見たんだ。あのセンパイと話してるところ、花が、咲き乱れているところ。それから、目に、脳に焼きついて忘れられなかった。ねぇ、僕にももっと笑いかけて。花を見せて。――志荻のことが好きなんだ」  囁かれる、熱い吐息。  服越しに、トーヤの体温を感じ、熱が移って、気づいたら赤面していた。  笑ったときの顔が可愛い。普段のぼんやりした表情も可愛い。たまに見せる、気を抜いた笑い方も好き。白い肌には痕をつけたい。指を絡めて、手を繋ぎたい。  他愛ない、何気ない日常で馬鹿みたいに笑いあいたい。悲しいときは抱きしめて、涙を共にしたい。  金魚みたいに口をぱくぱくさせて、言葉を紡げないでいる志荻をいいことに、キミに恋してしまったのだと、トーヤは睦言を囁く。  ひたすらにまっすぐで、純粋な(ことば)に頬が熱くなるのを抑えられない。 「一目惚れってさ、志荻は信じる?」  笑わず、真剣にトーヤが言葉を続けるのだから困った。  いっそ、笑い飛ばしてくれれば冗談ですませたのに。

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