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07.藤の花、揺れ

「志荻の目って、飴玉みたいだよね」 「……なに?」 「光加減で琥珀色だったり、金色だったり。美味しそうな色してる」  うっそりと、砂糖まみれのお菓子みたいな微笑みを浮かべる。教科書を閉じているが勉強は終わったのだろうか。 「ずっと聞きたかったんだけど、前髪は伸ばしてるの? 邪魔じゃないかな、その長さ」  すい、と指先が伸びて目にかかる毛先をつまんだ。  入学前、兄が整えてくれた前髪はすっかり目にかかる長さまで伸びていた。  この一ヶ月、どれだけ過ごし辛かったか。どこへ視線を投げてもパチリと目が合うし、最終的に空を見るか地面を見るかの二択になったときの空虚感。とても虚しかった。  人と会話をすることが苦手で、話しかけられてもまともに返事ができず、最初は声を掛けてきたクラスメイトたちも、いまでは話しかけてくるのはトーヤだけになった。  一匹狼を気取るつもりはないが、とても過ごしやすい。 「――もったいないなぁ」  ぼんやりと窓に視線を流す横顔を、トーヤは熱心に見つめる。  透ける白い肌。絹糸のように細い墨汁を垂らした黒髪。伸びかけの黒髪は白い花の(かんばせ)に儚げな印象を持たせ、触ることを躊躇わせる雰囲気だ。  男に美人という表現もどうなのかと思うが、しかしながら、小さい鼻や赤い唇、細い顎だったり華奢な身体付きだったり、中性的な相貌は繊細な硝子細工の美しさを秘めていた。  せっかくの麗しい顔を隠すなんてもったいないと思いつつ、ルームメイトの自分だけが(かく)された花を見れる優越感に、頬が緩む。  外部入学生というだけでも話題になるのに、入学試験で主席、それに加えて整った容姿とくれば話題の的にならないはずがなかった。  志荻は勘違いしているが、クラスメイトたちはこのひと月で『六条志荻』という人物の性格を理解し、「綺麗な花には触れるべからず」と水面下で密かなルールを決めたのだ。 「触れるべからず」とルールがありながらも、トーヤだけはそれを破っている。  はじめから守るつもりもなかった。本当の一番最初、志荻をゼロも知らないときは外部生とルームメイトなんて面倒くさいとしか思わなかったが、六条志荻を一目見て、コロッと手のひらを返してしまった。  だって、浮世離れした美しい少年だったんだもの。セクシャルマイノリティーではないと思っていたが、一目見て意識が変わった。  全寮制男子学校ゆえ、女の子とお付き合いをしても長続きはしなかったが、これまでに学校外の何人かと恋人関係になったこともある。  ホモの巣窟、なんて裏では呼ばれているが、学園生徒の半数以上はバイセクシャルで、根っからの同性愛者は実の所少ない。  トーヤ自身、女の子が好きで、まさか同性に心奪われるだなんて。一目惚れ、と言うのだろうか。それくらい衝撃的だった。  身体を雷が走った、こめかみが熱くなり、指先が震えて、ぼんやりと夢幻の雰囲気の彼が表情を変える様を見たくて仕方なかった。  なによりも――白い肌に、薄紅の花弁が色をつける姿が脳裏に焼きつき、もう一度、この目にしたかった。 「志荻って、人間じゃないの?」

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