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06.藤の花、揺れ

 一週間後に定期試験を控えた学園は、常日頃のざわめきが息を潜め、静けさに包まれていた。  放課後になれば教室や図書室は、教科書を広げてノートの書き直しをしたり、授業の振り返りをする生徒で溢れかえった。  試験勉強期間は部活動・委員会活動は完全停止となり、学校内はいっそう静まり返る。 「志荻は勉強しなくていいの?」 「特に。勉強しなくてもどうせ点取れるから」 「うーわ。うらやましい発言だ。さすがの僕でもテスト前は勉強するよ」  旧教科準備室で大きい机に向かい合わせに座ったふたり。  志荻の前には棚から取った動物図鑑。ゆっくりとページがめくられていく。  向かいに座ったトーヤは、授業用のノートと教科書、真っ白いルーズリーフが広げられ、いかにもテスト勉強していますといった様子だ。  教科書を読めばおおよそを理解できる志荻に試験勉強は必要ない。  普段の授業をきちんと聞いて、ノートを取って、教科書を読めば完璧だ。  ジト目で、机に頬杖をつくトーヤに溜め息を吐く。  勉強してもしなくても変わらないなら、誰だってしないだろう。トーヤだって、結局は勉強しなくたって点数を取れるのだ。「もしかしたら、わからない問題があるかもしれない」と首を傾げられても、志荻には理解ができなかった。  後で知ったことだが、入学試験の次席は目の前の色男だったらしい。合計点数差わずか二十点。  主席が志荻と知ったトーヤはとても悔しそうな表情だった。もし手を抜いて主席だったと暴露したら怒り狂ってしまうだろうか。  手を抜いた、という事実を口にしなかった自身の明断に大きな拍手を送りたい。 「トーヤ君だって、別に苦手な教科があるとかじゃないでしょう。今何やってるの?」 「日本史のノートまとめ」  ふぅん、と自分で聞いておきながら対して興味ない返事にトーヤが溜め息を吐く。  手元のルーズリーフは、男の子にしてはまぁるい綺麗な字で今日習ったところが書き直されている。  細字のシャーペンと、黄色いマーカー、赤ペンと青ペン。たまに緑。カラフルで見やすいノートだ。  志荻のノートは灰色一色。赤ペンも青ペンも、マーカーも使わないモノクロノートだ。見直したときに見づらいが、滅多にノートを見直さないので関係なかった。  視線をずらして、窓の外を見る。校舎から寮へと続く石畳をちらほらと生徒たちが歩いていた。  時計塔の手前にある藤棚は、風に揺られて美しい紫を波立たせる。美しいなぁ、と気持ちが漣を生む。  脳裏をよぎるのは、しゃらしゃらと美しい藤花を咲かせる花角の鬼。白い横顔に、足首までのぬばたまの髪。瑪瑙をはめ込んだ瞳は常に翳りを帯びていた。  美しい、とただその一言に尽きる。  少し年上の、二条家のお姉さん。その足首にはめられた枷が立てる、じゃらじゃらとした音はとても煩わしかった。  彼女は角を隠せなかった。  大きく、美しく、濃い紫から下へ行くにつれ白い藤花へと変わり、集落で一番の美しく妖しい角だった。  つるりと白い陶器のような角から顎下まで垂れた藤の花。江戸紫の着物に身を包んだ彼女は、生まれてから死ぬまでを一族に囚われる。  ぼんやりと宙を見つめた彼女の笑顔を、志荻は見たかことがなかった。  ――志荻も、角を隠せなければそうなる運命だった。

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