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05.春風に桜舞い、
「あ、入学式」
「うん? 今ちょうど最中じゃないかな。それがどうかした?」
「おれ、新入生代表挨拶お願いされてたんだけど」
「あぁ。それなら、たぶん次席が挨拶してるんじゃない。ぼくのときもそうだったし」
「お兄様、代表挨拶だったの?」
「そうだけど、面倒だから押し付けた」
わぁ、さすがお兄様。尊敬と畏怖で頭が上がらない。
志荻に対しては美しい可憐な花であっても、その他大勢にしてみれば見境なく毒を撒き散らす触るな危険の毒花だ。
いとこのクラスメイトとルームメイトに一ミリの同情をする。
面倒くさい。たった一言で他者に押し付けてしまえる力と才能がいとこには備わっている。
生まれながらにしてのカリスマと、人の目をひきつける圧倒的な容姿。逆らう気すら失ってしまう。
「お兄様は出なくてよろしいのか」と尋ねれば、「しーちゃんとお話したいからいいの」と言われてしまった。
あとは何を言っても利かないだろう。暖簾に腕押し、ぬかに釘、だ。
「ねぇ、しーちゃん。ぼくは今年卒業だ。一年しか一緒にいられない。一年しか、守ってあげられない」
「おにいさま?」
「この学園で過ごす三年間が、しーちゃんにとって実になりますように、常日頃から祈っているよ」
困難が多いと思う。楽しいこと、悲しいこと、辛いこと。なんでもいいから、熱中できることを見つけて。祈るように、謳うように、懺悔するように、兄は言葉を紡いだ。
折れそうな細い指に華奢な白い指を絡めて、まるで誓いの儀式のよう。
「しーちゃんに、幸せが訪れますように」
ささめかれた秘め事は、じんわりと志荻の内側に広がり、心を満たしていった。
兄の、心からの願いに感情が満たされ、はらりひらりと、薄紅の花びらが真っ白い布団の上に散った。
「あ、こら。角は出したらダメじゃないか」
ダメ、なんて諌めながらもいとこの表情は嬉しそうだ。
「……仕方ないでしょ。気持ちが昂ると出ちゃうんだから」
「それも、コントロールできるようになろうね」
ふんわりと笑む。
頬を撫ぜ、こめかみを指が伝い、額へと滑った手のひらはコツリと硬い物に触れた。つるりとした触感で、ところどころ枝分かれして、薄紅色のツツジが花を咲かせている。
先に行くほど細く、鋭利になり、木にも見える。しっかりと志荻の額から生えて いた。
左右の額から、二本。木のようで、枝のように花を咲かせるそれは、とても美しい芸術作品にも見え、れっきとした『角』であった。
カリカリ、とイタズラに爪先で額と角の境目を引っかかれ、むずがゆい感覚に身をよじる。
動くたびにはらはらと、ひらひらと花びらが落ちた。
花角の一族――とは知らないだろう。伝承にも載らず、口伝えでしか語られない『鬼』の一族。
北の深い山奥。大きい集落として、一族は存在する。集落のほとんどが親戚で、婚姻も血族内であり、近親婚の結果、血が濃くなりすぎたために角が生えたのではないか、と一部では言われている。
見た目は人と変わらない。食べる物も人と同じ。少しばかり身体能力が高いだけで、角がなければ、ただの人間と変わらないのだ。
一族のごく一部は角を『隠す』こともできる。そう、たとえば志荻。普段は角の無い姿で、感情が昂ったり、気持ちが波立ったりすると角が現れてしまう。
角を隠せるなら、集落を出て人間社会に溶け込み生活をすることもできる。角を隠せない者たちは里で一生を終えるしかない。だって、額から花の咲く角が生えていたら恐ろしいだろう。
人間とは、異分子を排除する生き物である。
だからまさか、花角を見られていただなんて思わなかった。
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