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04.春風に桜舞い、
ぱち、と瞬かせた瞳が映したのは真っ白い天井。
左右を仕切る真っ白いカーテンに、ふわふわの真っ白い布団、ベッド、枕。自分以外のすべてが真っ白で、嫌な記憶が、フラッシュバックして――。
「しーちゃん」
ぱちん、と弾けた。
夢現をたゆたう意識は、靄が晴れて、色彩を取り戻す。
「しーちゃん、倒れたって聞いた」
秀麗な顔に不安の色を広げて、眉を下げた年上のいとこに苦笑する。
近いようで遠い親戚の兄は、いつだって自分を心配して、その美しい顔 を歪める。
「あまり、よく覚えて無くって」
その返答はお気に召さなかったのだろう。
眉根を寄せたいとこは、白魚の指先を志荻の後頭部へと這わせる。軽く撫でると、ぼこん、と大きく腫れたところに触れた。
ズキン、と派手な痛みが腫れたところから広がっていく。たんこぶなんて何年ぶりにできたろう。
「……しーちゃんのルームメイト」
「あ、」
むっとした表情のいとこに、そこまで言われてだんだんと記憶が鮮明になる。
後ろ向きに躓いて、棚にぶつかったんだ。それで、上から落ちてきた何かに頭をぶつけて――そこまでしかわからなかった。
ルームメイトの焦った声と、後頭部の痛み。そしてブラックアウトする意識。
意識のない志荻をトーヤが保健室まで運んだと聞いて、あとで謝らなければと頭の中のメモに書き足した。
どうせ、そのメモもすぐに忘れてしまうのだろうけど。
「たんこぶ痛い?」
「触れば痛いけど、それほどでもないよ」
「手が痺れたりとかは? どこも異常はない?」
「うん。目も普通に見えるし、大丈夫」
打ち所が悪ければ後遺症が残る可能性もある。
志荻に対してだけやたら心配性ないとこは、志荻の「大丈夫」を聞いてもなかなか不安が払拭されない。
どうして、いつもこんなに気にかけてくれるのだろう。
不思議に思い、聞いたことがある。何年か前の、夏、とっても暑い日のことだ。縁側に並んで座り、氷を口に含みながらだった。
いとこは、徒人と言うにはあまりに人間離れしている。整いすぎた容姿しかり、才能しかり。ひとつ覚えれば、そこから十、百と理解して、彼のような人を世は天才と呼んだ。
「どうしてしーちゃんに優しくするのかって? うーん、なんでだろうね。なんとなく、ぼくがしーちゃんのことを大切にしないとって思ってるからじゃない? ぼくもわかんないや」
とても、寂しそうな笑みだった。
曖昧な答えは、志荻を満足させるものではなかったが、あまりにも苦しそうで、悲しそうな微笑だったために追及するのをやめて、気にするのもやめた。
年々、色素の薄くなっていくいとこの瞳は、吸い込まれそうな海色をしている。
志荻が今の半分も身長がなかった頃、いとこの瞳は深い海色だった。それが今じゃあ白を透かしたようなブルートパーズの眼は、人成らざる色彩をしている。
「しーちゃんが初日から怪我するなんて思わなかった。ぼく、誘わないほうが良かった?」
「お兄様のせいじゃないよ。おれがドジしちゃっただけだから。おれは、お兄様と一緒に学校に通えて嬉しい」
柔らかく頭を撫でる手を掬い上げて、指先に口付けを落とす。そうすれば、いとこはほっと頬を緩め、お返しとばかりに志荻の額に唇を落とした。
ちゅ、と軽いリップ音を立てて離れていったいとこの顔色は少しだけ明るい。
儀式じみたこれは、もうずっと小さい頃、物心つく前から続いている志荻といとこだけの秘め事だった。
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