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03.春風に桜舞い、
ふわり、と柑橘系のさわやかな香りが鼻を掠める。なるほど、顔が良いと香りも良いのか。
「久栗坂くんって距離感がある呼び方じゃなくて、トーヤって呼んでほしいな」
「いや、名前で呼ぶメリットないでしょ」
お前みたいな顔が良い奴を呼び捨てしたらいろんなとこからの視線が怖い。主にファンクラブ的な。
なんと驚くことに、この天狼学園、全寮制男子校であるにも関わらず生徒に対してファンクラブが存在する。
正式名称は『親衛隊』らしいが興味のない志荻にとって呼び方なんて関係ない。
生徒に対して、と言ったがもちろん男子生徒に、男子生徒のファンがいるのだ。もはや意味がわからない。
外部編入生である志荻は、入寮前に生活指導の教員に注意事項を教えられていた。
その壱。平和に過ごしたいなら役付と関わらない。
その弐。顔が良い奴には近づかない。
その参。平凡に擬態すべし。
なんだそれ。なんだそれ!(二回目)
まったくもってして理解できなかったが、この数日、学園で過ごしてようやっと理解した。
役付や顔が良い生徒(たとえば生徒会)に対して奇声が飛び交うのだ。意味がわからない。女子生徒はいないはずなのに、黄色い声が飛び交って、耳が痛いったらない。
身をもって体感した志荻は決めた。決して目立たず、顔が良い奴に近づくものか、と。
カテゴリーで言えば、トーヤは『とてつもなく顔が良い人間』に分類される。志荻にしてみれば近づきたくない種族で間違いない。
それなのにこの男と来たら、入寮初日からやたら距離は近いしかまってくるしで、そのたびに心臓が嫌な音を立てる。短い寿命がさらに短くなってしまう。
「名前で呼んでくれたら僕が嬉しい」
「は、ぁ? 何言って、」
「――あ。よく見たら、金色なんだ」
何が、とは言わずともわかった。固く握り締めていた手は自然な動作で頬に添えられて、ぐっと顔が近づく。
思わず目を見開けば、光を吸収してきゅるりと金が煌いた。
「――……っちかい!!」
ダンッと怒りと羞恥を込めて、トーヤの足先を踏み抜いた。
「いっ……!?」
「近いんだけど! きもちわるい!!」
顔を真っ赤にして、トーヤを突き放し、後ろへ下がる。二歩三歩と、踵が詰まったときにはもう遅かった。
足が何かに引っかかり、体勢を崩して背中を大きく打ち付ける。トーヤの驚いた表情が目に焼きついた。
瞬間、大きく揺れた棚から重たい図鑑や文献が頭の上に落ちてくる。
ガツン、とひときわ大きな衝撃に脳みそが揺れて、気づいたときには意識を失っていた。
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