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02.春風に桜舞い、
埃っぽい室内は、窓から差し込む光が屈折してキラキラしている。
ぐしゅ、と鼻をすすり、窓の外に視線を投げる。アンバーの瞳がキラリと光を映しこんだ。虹彩の奥で光の粉が降り、不思議な色合いを見せる。
新入生代表挨拶の原稿は頭の中に入っている。挨拶を完璧にこなす自信もある。
何事も始まってしまえばさらっとできるのに、始まる直前までモヤモヤと不安と緊張に苛まれるのだ。
窓の外では雲ひとつない青空が広がり、桃色の花びらがひらりひらりと舞い踊った。絶好の入学式日和だろう。
雨降り曇天大嵐な志荻の心と正反対だ。
ずっと引きこもってたい、再び膝に額を押し付ける。
かすかに、準備室の外、遠いところから声が聞こえた。
「おーい、」と誰かを探している。もしかして、自分を探しにきたのかも、と思っては見つからないように縮こまった体をさらに小さくする。
「ろーくじょー!」
ほら、やっぱり自意識過剰じゃなかった。目を閉じて、耳を塞ぐ。
たとえ準備室内に入ってきてもすぐには入り口から姿は見えない。
もともと教科準備室だった室内は、背の高い棚が狭苦しく詰め込まれ、ひときわ面積を取る大きな教員机の上に、これまた机の半分を圧迫する大きな水槽が置かれている。
水槽いっぱいに水が張られ、緑色をした植物がゆらめいていた。
志荻が小さくなっているのは室内の一番奥。
背の高い棚と、床に積み重なった分厚い図鑑の影に隠れてしまえば、中に入ってきて覗かない限り見つからない。
できるだけ呼吸を小さくして、気配を薄くして、この世界に溶け込むように、消えてしまえたらいいのに、と願いを込めて息を止める。
「みーつけた」
「っ!!」
すぐ近くで聴こえた声に、目を見開いて勢いよく顔を上げる。
整った顔がすぐ目の前にあった。
薄墨色の髪が窓から差し込む光に透ける。涼やかな目元は清流を思わせ、はっきりとした目鼻立ちと凜とした面立ちの彼は、どこかで見た顔だった。
「……ぁ、久栗坂くん?」
「あ、って何。絶対今思い出しただろ」
喉で笑った久栗坂トーヤにほんのちょっぴりの罪悪感。クラスメイトでルームメイトの顔と名前を忘れるなんて、どれだけ興味がなかったんだろう。
とてつもなく顔が良い顔の彼は、一度見たらなかなか忘れられないだろうに、自分自身の記憶力に呆れてしまう。
「随分探した」と苦笑をもらしつつ彼は手を差し伸べる。大きな手のひらと、整った顔を交互に見比べて首を傾げた。
溜め息をひとつ吐き出した彼は膝を抱え込んでいた志荻の華奢な手のひらを掴んで、ぐいっと力技で持ち上げた。
力の入っていなかった軽い体はいとも簡単に持ち上がり、たたらを踏んでトーヤの胸に顔を打ち付ける。
「大丈夫?」と聞いてくるが原因はお前だからな。
身長は同じくらいなのに、胸板は厚くて硬いし、志荻がぶつかったくらいじゃびくともしない大幹に格差社会を感じた。
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