七瀬巴(ﾅﾅｾ　　ﾄﾓｴ)と出会ったのは、昨年の十二月。 一宮スポーツ文化センターのスケート場で僕こと、嵯峨朔良(ｻｶﾞ　　ｻｸﾗ)が生まれて初めてスケートをした日だ。 ISU世界フィギアスケート選手権大会で金メダルを取ったロシアの王者──ガブリエル・ヴィクトロヴィチ・ジェガーノフの演技をYouTubeで見た僕は、僕も彼のように滑ってみたいと思ったからだ。 「へ～、意外にツルツルとしてんだ」 氷上だからそりゃそうなんだが、僕は感嘆な声を上げて喜ぶ。 ココに連れて来てくれた神嵜類(ｶﾝｻﾞｷ　　ﾙｲ)はもう気が気でない。 「サクラ、お願いだからメットとサポーターを付けて下さいって！！」 「えっ！？聞～こ～え～な～い～。って言うかさ、ソレ付けたら滑り難いでしょ？」 リングのド真ん中でそう返すと、神嵜はおっかない顔でこう叫び返して来た。 「何が聞こえないですか！？ちゃんと聞こえてるじゃないですか！？」 兎に角、怪我をする前に付けて下さいと強張るが、僕は知らん顔でその中央にある巨大な円の傍で構える。 神嵜が「サクラ！！」と怒鳴って、氷上に立った時にはもう遅い。 ループ、サルコウ、トゥループを含む三種類四本の四回転と二本のトリプルアクセルを綺麗に決めて、全て着氷する。その間のスピンとステップも見事にこなし、最高の評価のレベルで完璧なまでの王者の演技を模範した。 「───こんなモノか……。…もっと、こうグッと来ると思ったのに…」 残念とばかりにこの世界はこうも退屈なんだろう──そう思った瞬間、僕は神嵜じゃない見知らぬ男の手に引かれ、スタンド席に連れていかれていた。僕は彼に叩き付けるように席に座らされ、強引にスケート靴を脱がされる。 男の真顔は本当に怖かった。やってしまった感で僕は彼にこう問う。 「何か、怒らすような事した？」 と。 男は呆れた顔でこう言った。 「ジュニアのクセに四回転する馬鹿が何処にいる！」 身体も不十分で！と脱がしにかかる男に僕は心底呆れてしまった。 「ジュニアって、僕、フィギアスケートの選手じゃないよ？」 「じゃ、尚更、馬鹿だ！！」 捲し立てるようにそう言われるから、 「馬鹿って、初めて跳んでそんな風に言われる筋合いはないよ？」 離してと僕は男に捕まれている足首をジタバタさせた。 彼はムキになる僕の姿を見て、 「やっぱ、嘘付いてるだろう！あんなジャンプ跳んどいて初めてなワケあるか！！」 そう更に捲し立てられた。 「嘘じゃない！本当だもん！！」 スケート靴を脱がされた両足を更にバタ付かせて僕は抗議した。 「離して！痛いって！！」 靴下まで脱がされて僕は泣きたくなった。こんな所で見知らぬ男に裸足にされるとは思っていなかったから。 だが、僕の足を見た瞬間彼は固まった。痣や傷がない綺麗な両足に絶句したようだ。嘘と言う顔をしたと思ったら、直ぐに謝って来た。 「ゴメン、オレの勘違いだった…」 「だから、嘘じゃないって言ったんだ！」 僕は早く足を終いたくってもういいでしょうと両足を引っ込めとうとしたら、躊躇う事なく彼は僕の爪先に口付けた。 ソレは、僕の謝罪の了見を越えていた。 「え？」 何？そう思った時、僕の心臓は大きく高鳴り目を見開く。そうして、ああ、こうして人は堕ちて行くのか？と僕は思ってしまった。 形作られた綺麗な唇に僕は目を奪われ、僕は彼に恋をした。