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せめて、ベータとして生まれていたら。
否、苗字のあるオメガとして生まれていたらもっと考えが違ったのだろうか。
めずらしく、瑠輝は深い眠りの中でそう思っていた。
その時である。
「⋯⋯き、瑠輝!!」
誰かが瑠輝を呼ぶ声が、遠く聞こえた。
胸の痛みはいつの間にか和らいでおり、だいぶ楽になっていた。
やはり、薔薇の香りのせいなのか。そう思いながら、瑠輝は深い深い眠りの底からゆっくりと瞼を開けた。
「瑠輝!!」
途端、莉宇が仔犬のように瑠輝の身体目がけて飛び込んでくる。
「⋯⋯っ」
一六五cmしかない瑠輝より、少しだけ大きいはずの莉宇だったが、それでも全力で飛びかかってくるとそれなりに重い。思わず顔を顰める。
やはり、ベータだけあって最下位のオメガである瑠輝とは身体の造りが違うのだと思った。細く見えて、実際は骨格がしっかりしている。華奢な体型が多いオメガとはやはり身体の造りが違うのだ。こんなところで、自身の第二次性が何者であるか。改めて痛感してしまう。
この世の殆どの人間は、こうして莉宇のようにベータ性として生まれてくる。ベータは一言で言うならば、平均的な性だ。これと言って特別な能力は持たず、かと言って平均から外れることもない。
身体的特徴も、古来からの人類のように男女共に通常の生殖機能しか持たない為、男性ベータでは子を成すことができない。その為、大抵は男女のベータ同士で結婚し、子孫を繁栄するのがほとんどである。
だが、ベータである莉宇の初恋相手は超エリートアルファ様だ。アプローチをかけ、一時的にはどうにかなったとしても、残念ながら長期的には報われない結果が訪れてしまうのではないか。自然の摂理から、瑠輝は密かにそう思っていた。
もちろん、本人に伝えることはできないし、案外、こういうことは承知の上で行動している可能性も否めない。
どっちにしろ、その先に報われない未来が待っているのであれば、少しでも傷つかない方を選択した方が結果的に幸せになれるのではないかと思った。
「身体、大丈夫か? 突然、倒れたから本当に心配したんだぞ」
酷く心配した表情で頬を擦り寄せてくる金髪の莉宇は、まだ仔犬であるゴールデンレトリバーのようだ。
「もう大丈夫。迷惑かけてごめん」
素直に瑠輝は謝罪の言葉を述べると、見慣れない背の高い男をその視界の端へと認めた。
男は広々とした部屋の片隅に立っているというのに、不思議とそこだけにスポットライトが当たっているように輝やいて見える。
まるで御伽噺に出てくる王子様、だ。
知らぬ間に男へと目を奪われていた瑠輝は、そう思った。
目の前の男は、袖に三連のゴールドのボタンがついた上下純白のブレザーとスラックス、インナーはネイビーのストライプに優しいレモンイエローのタイを身につけている。鮮やかなそのタイには、めずらしい形の――小さな薔薇が三つ並んだゴールドの装飾品がタイピンとしてつけられていた。
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