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「どうした、瑠輝? そんなに驚いた顔して」 学ランの襟元を大きく着崩した莉宇が、瑠輝の隣りへ並び左肩へ手を回す。 「いや、その⋯⋯僕」 「ま、でも元気そうで良かった。色々、大変だったな」 莉宇は、そのまま瑠輝の頭を優しくポンポンと撫でるように叩く。 水城の話によると、瑠輝のフェロモンに充てられていたという莉宇だったが、それでも尚、こちらを警戒せず親友として接してくれる彼に小さな感動を覚えた。 本当に莉宇には助けてもらってばかりだと痛感する。 「心配してたんだぞ」 「――本当にごめん。莉宇にはいつも⋯⋯ホントに迷惑かけてばかりだ」 頭が上がらないとばかりに、瑠輝は大きく俯きながら喋る。 「いや、今回は違うだろ」 何の気なしに告げた莉宇に、再度瑠輝は瞠目した。 「えっ⋯⋯違うって、どういう⋯⋯こと? 発情期になった僕を迎えに来てくれたベータって、莉宇のこと、だろ?」 瑠輝は激しく動揺しながら訊ねる。 「いや、違うし。俺、あの日バイトで瑠輝より先に帰ったじゃねぇか。瑠輝の発情期のこと知ったのは、バイト終わった夜遅くだ。早い時間に来てた龍臣からの着信履歴に返して、初めて知ったんだからな」 今回は関係ないとばかりの表情を莉宇は見せる。 「⋯⋯え?」 ――じゃあ、ベータの男って⋯⋯誰? 「えっ、えっ? じゃあ、僕をシェルターまで送り届けてくれたベータの男って、莉宇じゃなかったのかよ?」 大きく瑠輝は莉宇へ詰め寄った。 「⋯⋯お、ぉう。俺はバイト中で瑠輝のこと知ったのは、騒動が片付いた後だったみたいだからな」 鬼気迫る瑠輝に、莉宇は気圧されてしまう。 「だいたい、仮に俺がバイトなくて瑠輝を助けに行けたとしても、発情してるお前を徒歩であそこからシェルターまでの距離を連れて帰るのは、色々と無理があンだろ?」 莉宇の言葉に、瑠輝は「確かに」と納得する。 発情フェロモンを撒き散らしながら徒歩で長い距離を帰宅するのは、危険行為そのものだ。“秘密の薔薇園”には、限られた超エリートアルファしかいないが、外の世界にはそれ以上の数、普通のアルファたちが存在する。 そもそも高校生で、ベータの莉宇が安全にシェルターまで連れて帰れる訳はないのだ。 ともすると、一体誰が。 誰が、瑠輝を安全にシェルターまで送り届けてくれたのだろうか。 瞬間、瑠輝の脳裏にはちらりと煌輝の顔が過ぎる。 同時に、水城の「オメガの発情フェロモンに充てられていた」という言葉も思い出す。 あの日、瑠輝のフェロモンに充てられたのはもしかして⋯⋯。 ベータという名の――まさか。 否、まさか⋯⋯。まさか、な⋯⋯? 衝動的に、瑠輝は学校とは別の方向へ駆け出す。

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