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最小限に棘と胸の痛みを押さえるため、瑠輝は腰を低くし、小走りで蔓薔薇の中を通過する。その終わりがいつもより早く見えたところで、瑠輝は脚を止めた。めずらしく蔓薔薇のその向こうに、人の気配を感じたからだ。 そっと薔薇の葉をかき分け、薔薇の向こう側を覗くと、煌輝と同じ純白の制服に身をまとった三人の男たちがすぐそこを通過しようとするのが見えた。 ――こんな近距離にアルファがいるとは、予想外だ。バレたらまずい。 敷地内の外れにある白亜の洋館――つまり煌輝の住処には、何かない限りほぼ人が近寄らないと前に言っていた。しかし、建物へ近づくことを禁止している訳ではないはずだから、こういうこともあるのだろう。 蔓薔薇の向こうを盗み見るのを止めた瑠輝は、蔓薔薇の中で身を潜め、酷く警戒しながらその動向を確認するため耳をそばだてた。 「そう言えば、先日のあの薔薇の異臭騒ぎ凄かったよな」 蔓薔薇の向こうにいるであろうアルファの男が、そう言う。こちらに居る瑠輝のこと等まるで知らないのだから仕方がない。 瑠輝の鼓動は大きく跳ね、息を呑む。 「ああ。あれは、絶対にオメガが不法侵入したと思ったもんな」 「本当だよな。まさかあれが、突発的な訓練だとは。さすが“キングローズ”様は考えることもやることも普通じゃない」 「間違いない。突発的なオメガフェロモンに遭遇した時、どれだけの理性を保ち、その場を鎮めることができるかだなんて、将来国を背負う俺たちだけにしか受けられない、特殊な実地訓練だよな」 深く同意し合う三人のアルファたちに、瑠輝は自身が振り撒いてしまった発情フェロモンの出処が、ここに居るアルファたちへそう説明されていたことを知る。 間違いなく煌輝がそう誤魔化してくれたのだろう。かなり強引だとは思ったが、瑠輝はそっと安堵する。 だが、このアルファたちの話はそこで終わることなく、その先が続いた。 「それにしても“キングローズ”様の腕の包帯、あれは本当に痛々しそうだったな」 「ああ。一体、あの訓練で失態を犯した低俗なアルファは誰なんだろうか」 「オメガのフェロモンに充てられラットになり、助けに行った“キングローズ”様の手を煩わせ大怪我を負わせてしまったアルファなど、退所処分で良いと思うのだが」 「そうだな。しばらく公務も龍臣様が代理で行うと、張り紙がされていたしな」 最初に口を開いたアルファが、再度他の二人の発言に頷きながら話す。 ――何だって? 煌輝が大怪我を負っている、だって? 自分が放った発情期のフェロモンが原因で、他のアルファがラットを起こし、そのせいで煌輝が大怪我を負ってしまったとは、さすがの瑠輝も予測することは難しかった。

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