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それどころか、どちらかというと瑠輝の一番近くに居た煌輝の方が、ラットになってもおかしくない状況に瑠輝は訝しる。 発情期の熱情に孕んだ意識の中。その顔を確かめることはできなかったが、それでも薔薇薫る体臭とあの腕は、間違いなく煌輝のものなのだと。瑠輝の第六感がそう訴えていた。 「それよりご公務できないほどの大怪我をされたということは、私生活でも手が使えず、さぞかし不自由な生活を余儀なくされているのだろうか」 アルファの独りがポツリと言う。 「そうだな。“キングローズ”様は、傍にお付きの者を置かないことで有名だからな」 「そうだな。めずらしく、身の回りのことはほぼご自身でされていた方だそうだし」 ――そうか。手を怪我してしまったということは、日常生活にも支障をきたしているということか。 だったら、僕がそのお手伝いを⋯⋯。 アルファたちの会話から察した瑠輝は、煌輝に逢う直接的な理由ができたと密かに悦ぶ。 しかしすぐ様、どうして煌輝が怪我をしたのか。その理由を再び思い返し、瑠輝は静かにその場を後にした。 ――バカだな、僕。 誰のせいで、煌輝が怪我を負ったと思っているんだ。 オメガの自分が、こうなった後で合わせる顔など、最初からないじゃないか。 一瞬でも、煌輝の日常の世話を努めようと考えてしまった浅はかな自分を嘲笑う。 「どうして僕、オメガとして生まれてきちゃったんだろう⋯⋯」 次第に哀しみで苦しくなっていく胸を押さえながら、瑠輝は来た道を力なく戻り始めた。 行きより遥か遠く距離を感じたその道を進み、最初の目的地であったはずの高校へようやく瑠輝が辿り着いたのは、昼休み間近の四限開始直前のことだった。 教室に瑠輝が入った瞬間、廊下側の席へ座る莉宇から心配そうな視線を向けられる。だが教師の出現によりそれ以上、お互い言葉を交わすことなく、それぞれの席へと着席した。 それから四限が終わり、独り自席で顔を伏せていた瑠輝に莉宇が声が頭上から掛かる。 「飯、行くぞ」 「⋯⋯今日はパスしとく」 顔も上げずに瑠輝は応えた。 「まだやっぱり、体調が良くないのか?」 莉宇の言葉に、瑠輝はそのまま無言で頷く。 「だったら、保健室行って来いよ。俺も着いてくから」 瑠輝の右上腕を軽く掴みながら、莉宇はそう促す。 「大丈夫。休んでれば治るから」 それでも尚、瑠輝は顔を伏せたまま応える。 正直、今の瑠輝には食欲どころか何もする気が起きず、放っておいて欲しかった。 「仕方ねぇな」 掴んでいた手を莉宇は離す。 莉宇には悪いと思ったが、瑠輝はそっと安堵する。次の瞬間、瑠輝の肩が叩かれ「悪いな」と頭上から莉宇の声が聞こえる。それから「よいしょ」という莉宇の掛け声と共に、瑠輝の腰はがっしりと捉えられ、その身体が宙へと浮いた。 「うわっ」 咄嗟に瑠輝は自身に何が起きたのか理解できず、大声を上げてしまう。昼休みの喧騒により騒々しかった教室も、その声で一瞬にして静まり返る。 「悪いな。瑠輝は頑固だから、こうでもしないと動かねぇもんな。落としたくないからじっとしてろよ」 今ひとつ安定しないその手で瑠輝を横抱きした莉宇は、そう告げるとクラスメイト達の好奇な視線をものともせず、そのまま教室を小走りで後にした。

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