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    第2話

 早瀬夫妻が帰路についたあと、莉音は楽しかった時間の余韻に浸りながらリビングのソファーに腰を下ろした。隣に座るヴィンセントが肩を抱き寄せる。 「今日は疲れただろう。ご苦労様。美味しい料理をたくさんありがとう」 「いいえ、僕もすごく楽しかったです」  言って、莉音はヴィンセントの胸に頭をもたせかけた。  目の前のガラス窓に、星空を映したような見事な夜景がひろがっている。決して見飽きることのない夜の煌めきに、莉音は魅せられたように見入った。  いつも家でやっていることだからと、帰り際に早瀬が食器洗いを引き受けてくれて、キッチンはすでにきれいに片付いていた。  作りすぎて食べきれなかったぶんは、お土産にとタッパーに詰めて持ち帰ってもらい、贅沢で充実した時間はあっという間に過ぎていった。 「今日はリサさんと宗太くんにも会えて嬉しかったです」  莉音はヴィンセントに身をもたせかけたまま、ポツリと言った。 「リサさん、すごくチャーミングで、パッと花が咲いたみたいに綺麗で明るくて、素敵な人でした」 「うるさくてびっくりしただろう。昔からあの調子で人一倍賑やかだった」 「僕の母と似てるかも」  莉音はそう言って、ふふっと笑った。 「母さんも、すごく賑やかで明るい人だったから」 「ふたりが出会っていたら、意気投合してたかもしれないな」  たぶん、と莉音は笑みを深くした。 「宗太くん、ちっちゃくて可愛かったですね。赤ちゃんって、あんなにやわらかくてあったかいんだなって。早瀬さんも、すっかりお父さんの顔になってて」  それから、と莉音は付け加えた。 「アルフさんも、リサさんのまえではお兄さんの顔になってました」  莉音の髪を撫でながら、ヴィンセントはそうかと応じた。 「僕、一人っ子でお父さんもいない家庭環境だったから、リサさんとアルフさん見てて、すごくいいなって思いました」 「うちも父親がいない家庭だったからね。私はリサの兄でありながら、半分、父親の役目を務めてきたところもある」 「いいご兄妹だなって、ちょっと羨ましかったです。仲がよくて、お互い、遠慮なく物を言い合えて」 「莉音には私がいる」  言って、ヴィンセントは身を起こすと莉音の顔を覗きこんだ。 「妹たちも帰って、ふたりきりになった。私も兄の顔から、恋人の顔に戻ろう」  艶めいた眼差しで見つめられて、唇を奪われる。  愛情を注ぎこむような、優しい口づけだった。  やがて、ゆっくりと唇を離したヴィンセントは莉音の頬を撫で、額に口づけると(しず)かな声で囁いた。 「莉音、今度一緒に、アメリカに行こう」 「……アメリカ、に? 僕も?」 「私の母に、おまえを紹介したい。私の最愛の伴侶だと」  ヴィンセントの申し出に、けれども莉音はわずかに躊躇(ためら)いを見せた。  リサに会うことが決まったときから、いずれはそういう話にもなるのではないかと覚悟していた。今日、会食の席でその話題が出てからはなおのこと、意識していたのも事実である。だが。 「あの、でも……」  莉音は遠慮がちに口を開いた。 「お母さん、びっくりしちゃいませんか? アルフさんの相手が、僕なんかだって知ったら」 「そんなことはない」  ヴィンセントは即座に否定して、莉音の手を取った。その指先に、そっと口づける。 「私の選んだ相手なら、母は必ず受け容れてくれる。それから、僕なんか、などと莉音が卑下する必要はどこにもない。莉音はとても魅力的で、綺麗で可愛い。それから心根も優しくて、素直でピュアで。私には過ぎるくらいの最高のパートナーだ」 「そんなこと……」  きっととても気に入る。そう言いながら、安心させるように頬にもキスを落とした。 「だがそのまえに、私も多恵と莉沙に会わせてほしい」 「ばあちゃんと、母さんに……?」  訊き返すと、あざやかなサファイア・ブルーの瞳が真摯な眼差しを向けてきた。 「今度の休み、一緒にお墓参りに行こう」  ヴィンセントから出された思いがけない提案に、莉音は一瞬目を瞠った。けれど、その口許にたちまちやわらかな笑みが浮かび、ゆっくりとひろがっていく。  誠実で優しい恋人の、男らしく整った顔を見つめ返しながら莉音は頷いた。 「はい。ぜひ」  応えた唇がふたたび塞がれる。莉音はうっとりと目を閉じた。  大切で、こんなにも愛しいと思える相手と出逢うことができた奇跡のような幸運。それは、亡き祖母が繋いでくれたかけがえのない縁で……。 「莉音、おまえを一生幸せにすると、ふたりのまえで誓おう」  唇を離したヴィンセントに耳もとで告げられて、莉音は思わず、その首筋にギュッとしがみついた。力強い腕が、しっかりと抱き返してくれる。そしてそのまま、ふわりと抱き上げられた。 「おいで、私の可愛い莉音」  深みのある美声に囁かれて、莉音はゾクリと背筋をふるわせる。  宝石のような煌めきを放つサファイア・ブルーの双眸に捕らえられて、莉音は陶然となって甘い吐息を漏らした。  求める相手から、それ以上の強さで求められる幸せ。  恋し、恋われて――― 「アルフさん、大好き……」  愛し、愛し尽くされるこれからのふたりの未来を思って、莉音は満ちたりた気持ちで愛しい人の胸にその身を寄り添わせた―――――      ~end~ 

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