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第1話 オレと先輩

先輩の最愛の妹、ミユさんが突然の事故で亡くなった。 葬儀の席で、泣き崩れる先輩。 周りには親族が取り囲む。 オレは、末席からその様子をただただ見守ることしかできなかった。 こんなに沢山の人に惜しまれる故人、ミユさんってどんな子だったのだろう? ふと女子高校生らしき子が、先輩の背中を優しくさすってあげている姿が見えた。 きっと、ミユさんの友達なのだろう。 その役目は、オレであるはずなのに。 オレは自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。 それから半年が過ぎた。 かつてオレにとっては太陽のようだった先輩。 明るい笑顔で、おはよう、と声を掛けられるだけで一日が幸せになる。 オレの元気の源。 しかし、半年経った今でも先輩に笑顔は無く、ただ暗く悲しみの表情があるだけだった。 オレは、毎日のように声をかける。 「先輩、今夜飲みに行きませんか? 久しぶりに」 「……ありがとう。宮川。でも、今日はよしておくよ」 「そうっすか……先輩、何か困ったことがあったら、言ってください。オレ、何だってしますから!」 「ありがとな。宮川。お前は、本当に優しいな……」 弱々しい先輩の微笑み。 胸が締め付けられる。 痛い。 痛いです、先輩……。 オレは、そんな先輩、見ていられないんです! オレの名前は、宮川 和希(みやがわ かずき)。 市内の商社に勤める入社2年目のサラリーマン。 ようやく独り立ちをできた程度。 まだまだこれからのひよっこだ。 一方、先輩は、同じ部署で5つ上。 名前は、篠原 春信(しのはら はるのぶ)。 仕事っぷりは文句なしのナンバーワン。 それでいて、後輩の面倒見が良くて、上司からも頼られる超エリート。 仕事だけじゃない。男としても憧れる。 涼し気な切れ長の目、シャープな輪郭に高い鼻、薄い唇の甘いマスク。 背が高くて肩幅が広く、スーツ姿が男の色気を漂わせる。 いるだけで周りに安心感を与える。 そんな先輩だから、職場の女性は放っておかないのだけど、先輩は見向きもしない。 そんなクールなところも魅力の一つだ。 そして先輩は、オレにとっては特別な存在でもある。 オレは初仕事の商談で、品質問題を起こしてしまったことがあった。 それを助けてくれたのは、何を隠そう先輩だった。 仕事の内容は、海外の工場から商品を買い付け大手メーカーに卸す仕事。 マニュアル化されていて初仕事としては標準的な難易度。 しかし、オレは検査書類を見逃して、役所から基準違反の通告を受けてしまったのだ。 自社だけではない。 お客様の信用にも発展する大問題。 オレは、真っ青になった。 首か? いや、オレの首だけで済まされるのだろうか? 途方に暮れていたところで先輩は声を掛けてくれた。 「大丈夫だよ。宮川。誠意を持って謝れば許してもらえるから」 そして、先輩はオレを連れてお客様先に行き、一緒に頭を下げてくれたのだ。 その時、オレは先輩の背中を見て、ああ、オレはこの人にずっとついて行こう、そしてこの人にいつか恩返しをしよう、と心に決めたのだ。 そんな、オレにとってはかけがえのない先輩……。 なのに、今は見る影も無い。 「じゃあ、お先に。宮川」 「……はい。お疲れ様です……先輩」 ここは、オレの行けつけのバー『ムーランルージュ』 元はと言えば先輩に紹介されて連れて来てもらったお店。 なのだけど、オレは一人でも毎週のように通い詰めている。 なんと言っても、ここはオレが大好きなニューハーフさんや女装子さん達が隣についてくれて話を聞いてくれるのだ。 心安らぐ最高の場所。 「どうしたの宮川さん。ちょっと、飲み過ぎよ」 キャストのカオルさん。 小柄で笑顔の可愛い女装子さん。 妹キャラっぽいんだけど、なんとオレと同い年。 という事で話がバッチリ合うので、悩み事がある時は決まって指名させてもらっている。 カオルさんとは友達のように気兼ねなく話せるのだ。 「それが聞いてよ、カオルちゃん。篠原先輩、ちっともオレを頼ってくれないんだよ」 「あー、やっぱり、篠原さんの事か。もう、宮川さんは篠原さんの事、大好きだよね」 カオルさんはちょっと呆れた顔をした。 オレは反論する。 「そんなの当たり前だよ。オレが一番尊敬する人だからな」 「へぇ。でも、あたしから見ると、もう思い人って感じだよね」 カオルさんはさりげなくオレの顔を覗き見る。 オレはその視線に気が付き、サッと顔を背けた。 「ふふふ。いいじゃない。男同士だって。ところで、篠原さんだけど、この間、一人でお店に来たよ」 「えっ! ウソ!」 オレは驚きのあまりグラスを落としそうになった。 「いや。嘘じゃ無いんだけど。でも、そうだね。確かに元気なかったみたい……」 「カオルちゃん! 何でオレに教えてくれないんだよ!」 「教えるも何も、お客さんとは連絡禁止だから。うちの店」 「そうだけどさ……オレとカオルちゃんの仲じゃん! お客さんって、冷たいよ!」 オレはカオルさんに手を合わせて拝む。 カオルさんは、ふぅ、とため息をついた。 「まぁ、しょうがないか……じゃあ、今度連絡してあげるよ」 「サンキュー! 愛してるよ、カオルちゃん」 「うげ! やめてよ宮川さん。あたし、彼氏いるから。それに、宮川さんの愛してる人は篠原さんでしょ!」 「ははは」 オレは、笑ってごまかすと席を立った。 帰りの道すがらカオルさんが言った事を思い返す。 篠原先輩を愛しているか……。 そんなの当たり前だ。 オレは、先輩を愛している。 心の底から愛している。 だから、辛いんだ。 今みたいな先輩の姿を見るのは……。

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