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第2話 ほろ酔い

数日経ったある日。 突然チャンスが訪れた。 オレは、外回りの仕事を終えて喫茶店でくつろいでいると、カオルさんからメールが入ったのだ。 『今、お店に篠原さん来ているよ』 オレは、喫茶店を飛び出していた。 ムーランルージュの外で先輩を待ち伏せる。 しばらくすると、先輩が店から出てきた。 本当に先輩は来ていたんだ。 オレは、嬉しくなって駆けだす。 「先輩。偶然ですね!」 「おぉ、宮川か」 「どうっすか。これから、一杯」 「そうだな……」 先輩は悩み込んだ。 オレは、すかさず先輩の腕を取り、袖をギュッと握る。 「いいじゃないですか! オレ、いい店知っているんですよ!」 「おいおい、引っ張るなよ……」 無理は承知。 強引と思われようが、この手は離さない。 先輩は、やれやれ、と呟くと、 「じゃあ、久しぶりに一杯行こうか?」 と、根負けした。 オレは、すぐに答える。 「はい!」 よっしゃ! こんなにテンションが上がるのは久しぶりだ。 オレは、心の中でガッツポーズを決めていた。 「こっちです! 先輩!」 「ははは。分かったから手を離せよ。恥ずかしいって……」 オレはこっそりとメールに返信した。 『ありがとう、カオルちゃん。落ち合えた』 すぐにカオルさんから返信があった。 『頑張ってね!』 ふふふ。よし、今日は絶対に先輩を元気にしてみせる。 オレは、決意を新たにしていた。 目的の居酒屋が入っているビルに到着した。 こんな日が来ることを信じて、店を調査しておいて本当によかった。 オレは、得意げに先輩に言う。 「絶対に、先輩気に入ると思いますよ!」 「それは楽しみだな」 オレと先輩は、居酒屋ののれんをくぐった。 居酒屋のボックス席に座ると、お勧めメニューを一通り注文した。 そして、酒が来ると乾杯。 美味しいものを飲み食いすると人は元気になる。 まさに、その通り。 先輩は、リラックスした表情を浮かべた。 お勧めメニューに箸を運ばせては、「さすが宮川、いい店だな」と絶賛した。 あまりに褒められ、オレは後ろめたい気持ちになってくる。 オレは正直に、 「先輩、すみません。オレも来たのは初めてなんですよ」 と、舌を出しながら打ち明けた。 すると、先輩は、 「おまえな……まぁ、宮川らしいか。ふふふ」 と、少し笑みを漏らした。 オレは、一瞬目を見張った。 あっ……この笑顔。 そう、周りの人を幸せにする笑顔だ。 やった! 先輩を笑わせたぞ! オレは、嬉しくなって言った。 「先輩! 今日は、飲みましょう! オレ、とことん付き合いますよ」 「そうだな。今日は飲むか」 オレと先輩はグラスをカチンと合わせた。 オレは、先輩と一緒にいられるのが嬉しくて、つい浮かれ気味。 話題は、いま営業部で一番ホットな案件である、市内に進出してきた海外メーカーをどう攻略するか、に移っていた。 オレは、大袈裟に手を広げ大口を叩いた。 「先輩! 見ててください! あの案件、オレ絶対にものにしますよ」 「そうだな、お前ならいけるかもな。宮川」 ああ、こうやって先輩と仕事の話ができる。 いつ以来だろう。 嬉しくて仕方がない。 先輩は、グラスを傾けながら言った。 「さてと、仕事の話はこの辺にして……ところで、お前、彼女はできたのか?」 「え? 彼女? よしてくださいよ、先輩。そんなの興味ないっすよ。仕事が彼女ですから」 「お前、そんな事を言っていると、結婚できないぞ。まぁ、俺も人の事は言えないけどな。ははは」 先輩は、楽しそうに笑った。 よっしゃ! 先輩の自然な笑みに、もう先輩は大丈夫。大丈夫になったんだ。と思った。 居酒屋を後にしてほろ酔い気分で歩き出す。 結構飲んだけど、頭のどこかでは覚めている部分がある。 それは、先輩の事だけを考え、先輩の事でいっぱいになっている部分だ。 先輩は言った。 「なぁ、宮川」 「はい、先輩」 「今日はありがとな。俺を元気づけようとしてくれてたんだよな?」 「え、えっと……」 突然の事で、オレは言葉を失った。 バレていた……まぁ、そうだよな。 先輩は、笑いながらオレの肩をポンと叩いた。 「ははは。分かっているって。お前は本当にいいやつだな」 「そ、そんな……オレなんか」 オレは、俯いて照れ笑いをした。 「俺はさ、ミユが居なくなって心にポッカリと穴が出来てしまった。でも、その穴は徐々にだが埋まって来ていると思う」 「先輩……」 「宮川、お前のお陰……かな? 毎日、俺を気遣ってくれたお前の優しさ。感謝している」 オレは、顔を上げて先輩を見た。 目が合うと、先輩はニコリと笑う。 伝わっていた。オレの気持ち……。 「マジでありがとう。宮川」 先輩が帰って来た。 オレの憧れの先輩が帰って来たんだ。 行手には駅前のロータリーが迫る。 先輩は、タクシー乗り場を指差して言った。 「さて、今日はだいぶ飲んだな。俺は帰るかな……」 「……先輩。もうちょっと。もうちょっとだけ、一緒にいさせてくれませんか?」 先輩はオレの顔をじっと見つめる。 オレは思い切って言った。 「先輩、今日はオレの家にきませんか?」

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