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第2部・第9話 予期せぬ再会
待ち合わせ場所に決めたスタンフォードの目抜き通りにある書店に、時間通り訓志 が着いた時、見覚えのある、鳶色 の髪で丸眼鏡の男性が控え目に手をあげた。訓志は、愛想良い笑顔ーー良すぎないように注意しつつーーを浮かべて、彼に歩み寄った。
「本を持って来てくれて、ありがとうございます。もしお時間あれば、お礼に、コーヒーご馳走させてください」
二人の後ろにある、書店併設のカフェを訓志は指差した。彼が断らなかったので、訓志はニッコリ微笑んだ。
訓志は、日本ではタレントデビューを目指していたが、生計はアルバイトで立てていたと自己紹介した。彼は、それを聞いて、さもありなんという表情を浮かべて深く頷いた。
「どうりで! アーティストの写真集を眺めてたし、君も、すごくルックスが良いから、きっとそういう方面の人なんだろうなって思ってたんだ」
彼は、以前、幾つかのシリコンバレーのベンチャー企業で働いていて、今はフリーランスの技術者として、契約ベースで色々な会社の仕事を手伝っていると教えてくれた。
「この間のパーティーは、楽しめた?」
コーヒーを手に、彼と二人でカフェに腰掛けた訓志は、思わず口ごもってしまった。何気ない社交辞令でしかないのに。複雑な表情を浮かべた訓志を見て、彼は苦笑した。
「僕もパーティーは苦手だよ。知らない人と話すのは得意じゃないから。だから、あのパーティーでも売り子をしてたんだ。それなら、本を買いに来た人とだけ話せば済むからね」
「……お気づきだと思いますけど、僕、まだ英語も下手だから」
「あぁ。アメリカに来たばかりなんだっけ? 現地人と語学交換とかしてみたらどう?」
「僕のパートナー、すごく心配性だから、知らない人と会うのを嫌がるんです」
溜め息交じりに訓志は愚痴った。控え目で思慮深そうな彼は、話しやすかったし、勇樹の関係者でないのも気楽だった。まさか、勇樹に対する不満や苛立ちを、彼の同僚には言えない。これも訓志のストレスの一つだった。
「あぁ……。あの日も、ゲイの男達はみんな、可愛らしい新顔の君に色めき立ってたもんね。もし君がパートナーだったら、彼みたいに心配するのは、分からなくもないよ」
目の前の彼にまで、暗に勇樹が正しいと言われたように感じ、訓志はしょんぼりしたが、そんな内心を察したらしい彼は、テーブルの上に置かれた訓志の手をぽんぽんと優しく叩き、小声で訓志を慰める。
「だけど、彼が、必要以上に君の行動の自由を制限する権利は、僕はないと思う。彼は、こっちの生活が長そうに見えたけど。それなら、君を縛り付けるんじゃなくて、どう振る舞うべきかを教えたら良いのにね。……余計なお世話だったら、ごめん」
ほぼ見ず知らずの人ではあるが、不満を理解・共感してもらい、訓志に味方するかのような言葉をかけられ、不覚にも訓志の目には涙が浮かんだ。気の毒がるような表情を浮かべている彼を前に、慌てて涙を拭い、半ば無理やりに笑顔を作った。
「僕の気持ちに共感してくれて、ありがとう。こっちに来てから、彼の知り合いと行動を一緒にすることが多いから、彼に対する不満なんて、誰にも言えなかったんだ。まぁ、実際、何もかも彼におんぶに抱っこだから、不満を言える立場じゃないんだけど……。でも辛かった。分かってくれて、嬉しかった」
彼は、かぶりを振り、少し考えてから提案してくれた。
「僕、こないだのNPOと別のボランティアもやってるんだ。食べ物に困っている人の家に料理を届けに行くっていう。料理はみんなで作って、届けに行く時は、必ず誰かとペアを組んで出掛ける。色んな年齢、セクシュアリティの人が大勢いて面白いよ。新しい参加者は大歓迎だから、きっとみんな親切にしてくれると思う。もし良かったら、一度参加してみない?
彼は、自分が知らない特定の人と君が親しくするのが嫌なんだよね? 彼の同僚に聞いてもらえば、僕がどういう人間か分かると思うし、二人きりじゃなければ彼も心配しないよね?」
思いがけない申し出に、訓志は戸惑ったが、彼は穏やかに微笑んでいる。
「『フード・ドライブ』って言うんだ。今、SMSでURLを送ったよ。……僕の名前はリチャード。ディックで良いよ。もし興味があったら、また連絡して」
さっそくその日の夜、訓志は勇樹にフード・ドライブの話をした。最初、勇樹は、訓志一人で参加することに難色を示したが、
「平日やることがなくて、暇すぎる」
「これでは、いつまで経っても英語も上達しない」
と訴えると、渋々、条件付きで認めた。ディックの予想通り、彼の人物像を共通の知人に確認し、問題ないことが確認できれば、というものだ。勇樹は、その場で、ディックと同じNPOでボランティアしている同僚に電話した。
「……フード・ドライブ、行って良いよ。ディックはすごくナイスな 人だって。
……それと、彼はネコらしい。センシティブな話だけど、訓志が彼と行動を共にすると言ったら、俺の心配を察して教えてくれたよ」
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