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第1話

   契約終了の日は明日。 「じゃあ、当真さん、また明日」  今にも雪が降り出しそうにぐずった空を気にするそぶりもなく、池田は見惚れる程の笑みを浮かべて背を向ける。それを見送りながら、沢渡当真は小さく息をついた。   池田雛人に告白されたのは、先月の事だ。  沢渡は、教育係として四月から池田の面倒を見てきた。高校を出たばかりの新人として沢渡の下につけられた池田に言葉使いや礼儀やモラルに至るまで、社会人のなんたるかを結構厳しく教えたつもりだった。  どちらかというと、うるさい先輩として嫌われる役目だと思うのだが、何をどう間違えたのか「当真さんが好きなんです」と、その後輩は伸びすぎた前髪をかきあげながら、そう言ったのだ。  正直な所、悪い気はしなかった。  池田は長身でモデルみたいな彫の深い顔立ちに、面倒だからと伸ばしっぱなしの髪を一つにくくったりして、沢渡の働く植物園では浮きまくる程に目立つ男前だ。色々問題も起こしたが、それでも頑張る姿をずっと側でみてきたのだから、可愛い後輩には違いない。 「当真さんって、ちっこくて柴犬みたいで可愛いですよね」  八つも年下の男に生意気にそんな事を言われたら一応は怒って見せるのだが、やっぱり悪い気はしなかった。  何せ、池田は沢渡にとって、完璧な好みのタイプだったからだ。  この性癖に気付いてから今現在まで、男と付き合った事はないし、隠し通せている自信もあった。だから、池田の告白は衝撃だった。 「お前、男が好きなのか」 「男? わかんねーけど、俺は当真さんが好きだ」  真っ直ぐな目でそんな事を言う池田は、まるで子供だと思う。好きなものは好き、ただそれだけの感情で沢渡の心を揺らして揺らして、掴んでしまった。  しばらく池田の「好きです」攻撃に耐えていたのだが、理性が崩壊しそうだったので、沢渡から言い渡したのが「返事は来月にする、それまではお試し期間」契約だったのだ。  本当は、もうとっくに答えなんて出ている。  ――俺はあいつが好きなんだ。  池田の過去を知っているから、その事で妙な同情心が混ざっているのかもしれないと、何度も冷静に自分の想いを見つめ返してきた。  けれど、もうはっきりとそうではないと言い切れる。  ――明日、あいつどんな顔するかな。  どんな風に「俺もお前が好きだ」と伝えてやればいいかと悩みながら、そっと空を見上げる。堪えきれなかったように、ちらちらと雪が舞って、まるで準備されたみたいな舞台だな、とぼんやり思った。

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