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第3話
沢渡の部屋は駅前通りに面している。少し距離はあるが、ベランダからはイルミネーションが見えるし、先端の星辺りならツリーも見える。ツリーを見せたくなくてさっとカーテンを引いた。
「さて、鍋するぞ、水炊き」
鍋をする環境になかった為か、初めて水炊きを職場のメンバーでやった時、池田はいたく感激していたから今日も鍋だ。
「こんな美味いものあるんだなって感動する」
「大げさなんだよ。まあ、でも、今日のは前のよりもっと美味いぞ。カキを山ほど買ったからな、お前も手伝え」
子供のようにはしゃぐ池田を見ていると、素直に
「ああ、可愛いなあ、好きだな」と思う。男を好きな性癖は一生隠し通して生きるつもりだったが、もうそれもできそうにない。
――しっかり告白してやるよ。メシの後で。
危なげな手つきで白菜を切る池田に、沢渡はそっと微笑んだ。
とはいえ、鍋も一通り食べ終わりだらだらとテレビを見ていると、なかなかそんな空気にならない。切り出すのは自分からだと決めていたのだが、いざとなると背中を冷たい汗が流れるし、手汗も酷い。
年上の威厳を保つ為にも、ここでビシっと決めたいのだが、コタツに横になってテレビを見ている男前に、何度も怯んでしまう。池田はどう思っているのだろうとちらと池田を見つめて、沢渡は思わず息を飲んだ。
池田が、また虚ろな目でぼんやりとしていたからだ。その視線の先にはテレビに映るクリスマスツリー。
これはもう、偶然ではない。
――こいつ、ツリーが嫌いなのかな。
一瞬、怯みながらも、沢渡は思い切って口を開いた。
「お前、ツリー嫌いなのか?」
声を掛けられて我に返ったように池田が起き上がる。
「何で?」
「何でって、お前、無自覚なのか? 酷い顔してるぞ」
「イケメンだと思ってるのに!」
「馬鹿、そういうのじゃなくて。マジで、顔色、悪い」
誤魔化し逃げそうな池田の目を、じっと見つめる。こうすると池田が目をそらせなくなる事は経験からよく知っていた。池田はしばらく小さく口をぱくぱくとさせながら何かを吐きだすか吐き出すまいか迷っているようだった。が、やがて、ゆっくりと口を開く。
「あー、うん、別に嫌いじゃないけど、俺、施設に預けられたのって、クリスマスだったんだよね」
後頭部から、ハンマーで力いっぱい殴られたような衝撃を受けて、沢渡は目を見開いた。そんな事は初めて聞いた、知らなかった、だったら今日は池田にとっては――。
「あ、別にそれはいいんだよ、いつだろうと施設に入った事には変わりないし、むしろ施設に入れてくれなかったら俺、のたれ死んでただろうし、感謝してる。たださー、あの日、一瞬、施設のツリーの前で一人になった瞬間あって。なんか、よく分からないけど、ツリーを見てるとあの瞬間を思い出しちゃうんだよね」
何がどうという訳じゃないんだけどね、池田が淡々と言うのを、沢渡はどこか遠くで聞いている気分だった。勝手に妄想した子供時代の池田がツリーの前にぽつりと佇む風景が頭の中を駆け巡って、胸を締め付ける。
クリスマスツリーを見つめている時、池田はきっと何度でもその日に戻ってしまうのだろう。
――そんなのって……ない。
もう、限界だった。
池田の腕を握って強引に立ち上がらせると、そのまま部屋を飛び出す。
「え、ええ? 何、どうしたの、当真さん!?」
「うるせえ、黙ってついてこい」
突然の沢渡の乱心に、池田は文句を言ってみたり心配をしてみたりと忙しかったが、そのうち諦めたのか、静かになる。その腕を掴んだままで、沢渡は駅前通りのイルミネーションの人波をかき分け駆けた。
そのうち、クリスマスツリーまでたどり着く。
「なに、ここ、来たかったんだ?」
息を切らした池田に、沢渡は膝に手をついて、頷く。早く言葉をあげたかったが、そのまましばらく息を整えるのに集中しなければならない。その間、池田はぼんやりとツリーを見上げている。
「綺麗、だろ」
ようやく整った息でそう言うと、池田はぼんやりしたまま頷いた。
「皆、幸せそうだな」
辺りはカップルだらけで、身を寄せあう男女を見つめながら池田はまた静かに頷く。その顔は寂しそうで、まるで自分には手に入らないものを切望しているようにも見えた。
――この俺の前で、そんなツラさせねえから。
沢渡は池田の両頬を両手で掴むと、無理やりツリーを見上げさせる。
「いいか、よく見ろ。これからお前にとってのクリスマツリーの思い出は、このツリーになる」
「は? 何言っ――」
苦笑する池田の言葉を最後まで聞くつもりはない。掴んでいた両頬を強引に引き寄せて、沢渡はその唇を池田の唇に乗せた。一瞬だけのキスを終えて池田を放すと、放心したような目がしきりに瞬いている。
小さな頃の池田が虚ろに見上げていたクリスマスツリーの事なんて、もう思い出させやしない。
「沢渡、さん?」
「いいか、俺はお前を幸せにする。誓ってもいい。絶対にだ。だからお前も誓え」
「なに、を?」
「幸せになるって」
このツリーに誓って。
池田はしばらく視線をツリーに向けたり周りに向けたりアスファルトを見つめたりと忙しかったが、やがてそろりそろり、と沢渡を見つめた。
「もしかして、告白の返事、とか?」
「なんだよ、嫌か? 嫌ならお試し契約も今日で終わるんだし、何もないただの先輩に戻ってやるけど」
池田の為ならば、そんな苦しい選択だって、今の沢渡にはできる。本気で、この目の前の大きな子供を幸せにしてやると決めたのだ。もう、迷いなんて何もない。
「嫌なわけないだろ! だって、そんな事言ってくれるなんて、俺」
池田が顔を伏せて、それから呟いた。
「帰ったら、エッチできる?」
これがコントだったら、大げさに素っ転ぶ所だ。
「お前な! せっかく俺が感動的な事を言ったというのに!」
「感動してる、よ」
「じゃあ、お試し契約は終了な」
「うん」
池田の顔はまだ上がらない。その声が震えている事に気付いて、そっと手を握ってやると、その指先も震えていたから、沢渡はその手を力いっぱいに握りしめた。
終
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