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自分好みのアバターを作って他者と文字で交流する、そんなツールはいつになっても消えないものだ。時代を追うごとに技術は進歩していくが、やはり人の時間を埋めるのは人にしかできない。ゲームをしない俺みたいなやつにとってはそれが真実だった。
俺のアバターはなんてことはない一般人だ。このアプリを利用する人の中にはアバター専用のガチャなんてものを回して有料のものを身につけさながら空想の騎士のような奴らも居たりするが、俺にはそこまでする気力がない。
黒を基調とした三頭身くらいの俺の純日本人的アバター、このアプリで知り合った何人かの人からは地味だのなんだのと言われるが、俺はこの素朴なアバターが気に入っていた。
このアプリを使用し始めて三日ほど経つ、結果として俺は中々にいい暇潰しを手に入れていた。
ーー暇過ぎて俺最近筋トレ始めたわ。
参加しているチャットグループに新しい投稿が上がる。ポツンと誰かが一言呟いて、興味があれば返すし無ければスルーも出来る。
ーー奇遇じゃん、俺もだよ。筋肉と犬は裏切らないって俺の推しが言ってた。
ーー犬(笑)
ーー実際裏切らなくね?犬。
ーー確かに。
ーーほらな。やっぱ俺の推しは正しいわ。一生推す。
ぽんぽんと小気味のいいリズムで会話が繋がっていく様は見ていて面白い。この二人はこのチャットルームの常連で、会話でわかるようにノリも良くて面白い。
きっとまだ未成年か、二十代前半といった所だろう。
ーー三日坊主になるに賭けようかな。
ーーあ、クニさんちーっす。って、ひでえ!流石に三日坊主はない!
ーーいやいやヤスは三日坊主だって。絶対そうだって。
ーーオイコラ竹本てめえクニさんに便乗してんじゃねえよ。
ーー便乗じゃねえし。ちゃんと思ってたし。
ヤスと竹本、それとクニさん。現れたいつもの面子に俺は画面の向こうで笑ってしまう。側から見ればおかしな図だろうが、面白いものはしょうがない。
「あんまりヤスをいじめてやるなよ」
ボソリと声に出して呟いた時間としては深夜の二時。普通の生活を送っていた頃ならばありえない時間に俺は起きていた。いや、正直このアプリを触るまでは生活リズムを崩したことなんてなかったのだが、どうも話が合うであったり自分が面白いと思える人に出会える時間が深夜帯らしく、気がつけばここ二日間は朝方に眠ってしまっていた。
ーー俺の味方は宮内さんしかいねえ。宮内さーーーーーん!
ーー@宮内 @宮内 @宮内 @宮内
ーークッソ迷惑wwwwお前今深夜2時だぞ馬鹿じゃねーの!
突如俺の端末が異様に震えだす。理由はヤスが俺をメンションしたからだ。@をつけてユーザー名を入れると通知が入る仕組みになっているのだが、それが今俺の端末にアホみたいに届いている。普段ならきっと怒るが、深夜という事も手伝ってか俺にはそれがおかしくてしょうがなかった。
ーーヤス、うるさい(笑)
ーー@宮内
ーー宮内さんキターーーーーーーー!!!
ーーあーあ、ヤスがすげえ呼ぶから宮内さん召喚されちゃったじゃん。
ーーいや、ちょっと前から覗いてた。筋トレと犬は裏切らないらしいな。
ーーなんで弄られだした段階で助けてくれなかったんすか。
ーー面白かったから見てた。
ぽんぽんぽん、とハイペースで流れるチャットに目が滑る。若い奴らは文字を打つのも早いな、なんてジジ臭いことを思っていたらぽん、と画面上部に通知が表示される。
ーー今日も夜更かしかい?
グループチャットとは違う、俺個人に当てられたメッセージを見て頬が緩むのを感じる。
ーー映画見てたらこんな時間で。クニさんも夜更かしですか?
ーー私はいつもこの時間だよ、夜型人間だからね。どんな映画を見たのか聞いても?
ーーアメコミ系ですよ。暇だからシリーズ追ってやろうと思って。
ーーなるほど、面白かったかい?
ーーそれなりに。でもまだ一作目なんで、これからかな。
クニさんは俺がこのアプリで右も左もわからず流されるままに会話に参加していた時に今と同じように個別チャットを飛ばして色々と教えてくれたいい人だ。
アバター自体は俺とそんなに変わらない無課金アバターだが、なんというか文章から溢れ出るオーラが男前だな、という印象がある。
ベッドに寝転がり窓から聞こえる虫の声をBGMにクニさんへの返事を打っているとまた信じられない程の振動が携帯を襲い、思わずうるせえと声を出してしまった。@宮内、とそれだけが永遠に表示され続けるある意味ホラーな状況にまた俺は面白くなって笑っていた。
ーークニさん、ヤスが呼んでるんでちょっとグループの方戻りますね。
ーーまたか(笑)なら私も少し顔を出してみよう。
ーーあんまりいじめたらダメですよ。
ーー善処しよう。
俺もクニさんもきっともう良い大人と言われる年齢だが、全てが曖昧なネットの中での交流は思いの外楽しくて俺は今日も朝日を拝んでしまうのだろうなと苦笑を浮かべていた。
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