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第11話 波乱【春樹】※

 元々の美形に、恋の歓びを知り始めた、そこはかとない色気が香り立ち、春樹(はるき)は学校でも以前にもまして人目を引く存在になっていた。  そんな春樹を悪意の目で眺めていたのは、普段から繰り返し女子生徒に性的な嫌がらせをしている不良グループだった。彼らは、春樹の親友を男子トイレに呼び出して暴力をふるい、春樹に年上で同性の恋人がいることを無理やり聞き出した。彼らは色めき立ち、次のターゲットを春樹へと定めた。  親友が何も言わず午後の授業を欠席したことを気にしながら帰宅準備をしていた春樹は、クラスメイトの大人しい男子に、おどおどと話し掛けられた。 「白石(しらいし)。二年四組の教室に行って。伝言頼まれたんだ」 「誰から?」  彼の目は泳いでいる。 「君と仲の良い藍沢(あいざわ)だよ」  スマートフォンを取り出し、春樹は、藍沢にメッセージを送った。反応がない。 「それ、嘘だよね。藍沢は、そこにいる? それだけはホントのこと教えてよ。あいつを巻き込みたくないんだ。二年四組には行くよ。僕が行かないと、君がそいつらにひどい目に()わされるんだろ?」  春樹が呼び出しに応じると聞き、彼は少しホッとした様子を見せた。 「僕が言ったのは、内緒にしてよ? ……藍沢は二年四組にはいない。特別棟のトイレの用具室に閉じ込められてるらしい」 「藍沢に伝えてくれる? 僕が二年四組に呼び出されて、これから行くって」  春樹が頼むと、目の前のクラスメイトは怯えた表情を浮かべた。 「僕の居場所を伝えてくれるだけで良いよ。彼なら、何とかするから」  彼は泣きそうな顔で頷いて、弾かれたように走り出した。 (たぶん、あいつらだな……)  脳裏に思い浮かぶのは、不良グループの顔だ。  『二年四組』と聞いた時点で、嫌な予感がした。教室棟の一番奥まった場所にあり、人通りが少ない。春樹がその教室に着いた時、ドアの前に二人の男子がニヤニヤと立っていた。 「よお、白石。入れよ」  春樹は横目で彼らを一瞥し、開いたドアから中を見た。四人の男子がいた。顔ぶれは春樹の予想通りだった。 「あれ? 僕、藍沢から、ここに呼ばれたはずなんだけど。お邪魔したね、帰るよ」  しらばっくれて春樹が踵を返そうとすると、背中を押されて教室に押し込まれ、ピシャリとドアが閉められた。外からロックされたようで、開かない。廊下の二人は見張りに立っているようだ。 「僕に何か用?」  春樹は(けわ)しい顔で尋ねた。 「怖い顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ? ……白石、最近フェロモンすごいじゃん。俺たちとも仲良くしてくれない?」  彼らはニヤニヤと春樹を舐めるように見回した。 「悪いけど、君らと仲良くする気はないよ」  春樹がにべもなく拒絶すると、四人は下卑(げび)た笑い声をあげた。 「素直に言うこと聞いてくれたら、ひどくしなくて済むんだけどなー」 「僕、帰る」  ドアを振り向いたら、肩を押され、春樹は床に転がった。側頭部をしたたか床に打ち付けたようだ。痛みに顔が歪む。一番体格の良い元柔道部の男子が、春樹に馬乗りに(またが)る。春樹の片手ごとに一人ずつが付き、しっかり床に押さえ込まれた。もう一人は、足元で様子を見ている。春樹が身をよじって抵抗すると、元柔道部に頰を二、三発、平手で打たれた。目の前に火花が散る。頬は熱を持ちズキズキ痛む。タオルを口に押し込まれた。助けを求める声も出せない。春樹は息苦しさから首を左右に振った。 (相手は四人。見張りも含めて六人。しかも体格の良い奴ばかりだ。反撃のチャンスは一度だろう。逃げるなら窓だ。ここは二階だし下は芝生だから、飛び降りても死にはしない。脚を折るかもしれないけど、こいつらに犯されるよりはマシだ) 「へへっ、ホモを()ってやろうぜ!」  周りの三人が(はや)し立てた。 「まぁ、慌てるなって」  元柔道部はニヤニヤしながら、春樹のワイシャツのボタンを引きちぎった。  白くて細い春樹の胸が(さら)され、四人は一瞬真顔に戻って息を呑んだ。 「うわ……、エロくてヤバイな」  スルッと指先で胸の中心を撫でられ、春樹は嫌悪感で鳥肌を立てた。眉をしかめ(うな)り声をあげた。 「何だよ。可愛がってやるんだから、大人しくしろよ。それとも、乱暴にされる方が好きなのか?」  男は、春樹のベルトのバックルを外し、ファスナーを下ろした。 「コイツの腰持ち上げるから、ズボンを下に引っ張れよ? せーのっ」  足元にいた仲間がズボンを引っ張ったが、春樹の膝あたりで止まった。 「何だよー。全部脱がせろよ」 「お前が、すぐ腰下ろすからだよ」  仲間内で責任を押し付けあった後、彼らは視線を春樹に戻した。 「お前の恋人って、死んだ姉ちゃんの旦那なんだろ? 死んだ嫁の弟に手を出すなんて、お前の義兄(にい)さんも相当キモイ男だな」 「藍沢は、どんなに殴っても、お前の相手は言わなかったけどな。胃液吐き出して、きったねーの。あいつのシャツで拭いてやったけどな」  (あざけ)り笑う彼らを見て、春樹の目は怒りでらんらんと光った。半裸に()いた春樹の姿に劣情を(もよお)していた彼らには油断がある。その隙を見逃さなかった。渾身(こんしん)の力を一瞬にこめ、春樹は全身でもがいた。彼らが振り回され、周りの机や椅子が何台か倒れる。机から教科書や筆記用具が転がり落ち、派手な音を立てた。一瞬、彼らの気勢(きせい)がそがれた隙に、春樹の両手は自由になった。 (アキを、彼の姉さんへの想いを、侮辱するのは許さない……!)  指先に、机から転げ落ちた筆記具がふれる。躊躇(ちゅうちょ)なく振り上げ、元柔道部の手に突き立てた。コンパスだった。針が男の手の甲に突き刺さる。刺された男は、眉を下げ、情けない声をあげて痛がった。春樹の殺気だった表情に他の三人も(ひる)んだ。  その瞬間、教室のドアが勢いよく開けられた。体格の良い体育のベテラン男性教師を先頭に、男性教員数名が雪崩れ込んできた。 「お前ら! 何やってるんだ!!」  春樹は床に転がされ、口にタオルを押し込まれ、額や頬が赤く腫れている。シャツのボタンが全部むしられ、上半身は素肌が露出し、ズボンは膝まで下ろされ、下着が見えている。その上に馬乗りになったままの元柔道部は、情けない顔で自分の片手を押さえている。教室の中は、何台か机や椅子が倒れ、机の中身は盛大に床に散らばっている。激しく揉み合ったことが窺えた。  どう見ても、レイプ未遂の現場だった。周りの三人は少し離れているが、気まずそうな顔で、共犯なのは火を見るより明らかだ。教室の前には見張りが二人。入口はモップでロックされていた。 「何をするつもりだったんだ?! おい、A!」  ベテラン体育教師は元柔道部に問い掛けた。彼は慌てて春樹の上から降りた。一瞬チラッと床に転がったままの春樹を見、目を伏せたまま無言で首を左右に振った。 「B! お前はどうだ」  教師が不良グループ二番手を指名すると、彼は、もごもごと言い訳した。 「……白石が俺たちをバカにしたから。喧嘩になったんです」 「ほう、何て言われたんだ」 「えっと……、煙草吸って授業サボってカッコ悪いとか、女の子に手を出すのは見苦しいとか……」 「どれも事実じゃないか。図星を指されて腹を立てたのか?」 「……」 「それに、なんで白石一人だけ呼び出して、四人がかりで襲ってるんだ。見張りまで立てて。ずいぶん卑怯で用意周到だな。後の話は、ゆっくり生活指導室で聞かせてもらおう。  ……白石は、まず保健室だ」 「僕が、白石を保健室に連れていきます」  一番若い男性教員が名乗り出た。  トイレの用具置き場から辛くも脱出した藍沢が職員室に駆け付けたお蔭で、春樹の貞操はすんでのところで守られたのだった。

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