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第13話 邂逅③

 ネカフェかカラオケにでも泊まろうかと思ったが、赤石がタクシーを拾ってしまう。タクシー代がもったいないし、立ったままうとうとしている桐葉をどうするんだと言ったら、住んでるマンションが同じ方面だから連れて帰ってあげなよと言う。   「オレは一人で乗ってくけど、二人なら割安でしょ?」  自然な手付きで一万札を渡される。   「いいのぉ?」 「いいのいいの。お金なんて使わなきゃ意味ないんだから。余ったらツケにでも充てといて。代わりに悠絃ちゃんのこと頼んだかんね。杉本が飲ますせいだよぉ、あんまし強くないのにさ」 「お前だっておもしろがって飲ませてたろ」    赤石と別れ、俺と桐葉もタクシーに乗り込む。行先は赤石が伝えておいてくれたらしい。意外に気が利く。桐葉は俺の肩にもたれ、無防備な寝顔を晒していた。    到着したのは俺の最寄り駅の真ん前にあるマンションだった。たぶん毎日同じ駅を使っている。今まで出会わなかったのが不思議なくらいだが、生活スタイルが違うので当たり前かとも思う。  しかし、俺の住んでいるアパートとは外観から何から違った。うちは築三十年の木造二階建てだが、こっちは十階建てかそれ以上だ。中に入ってますます感動する。まずエントランスが広い。そしてオートロックが付いている。   「おい、暗証番号教えろ」 「たんじょうび……」    そう言われて、桐葉の誕生日を知らないことに気づいた。祝った覚えが一切ない。誕生日いつなの? というような会話はしたような気がするけど、そのうち教えると言われて結局教えてもらっていなかった。  俺がもたもたしていたせいか、ぬっと桐葉の手が伸びてきてボタンを押した。ゆっくり、覚束ない手付きである。最初に三を押したので三月なのかなぁと思いきや、八一〇と続く。もしかしてこれは……   「お前のたんじょーび、だろ?」  桐葉がへらりと笑った。そうだ、俺の誕生日だ。最初の三は平成三年の三だ。まさか、覚えていてくれたとは。    中三の夏休み、いつもみたいに手でしあった後に「実は今日誕生日なんだよねー」と何気なく話したのだと思う。桐葉は気だるげに「おめでとう」とだけ言った。イベントに関心がないようだった。誕生日だけでなく、クリスマスやバレンタインでも全く浮かれていなかった。  だから余計に、俺の誕生日を覚えていてそれを暗証番号に設定していたことに驚いた。胸が熱くなったし、股間が疼いた。押せばヤレるんじゃないかなんて邪な考えが浮かんだ。    エレベーターで四階まで上がる。桐葉はうとうと微睡んでいる。肩を貸して歩き、やっとこさ部屋の前まで辿り着く。角部屋だった。   「鍵は?」 「尻……」    尻ポケットに手を突っ込む。痴漢っぽくて恥ずかしい。男の尻を撫で回す痴漢がいるのかどうかは知らないが、俺は一人で赤面した。   「ないんだけど」 「んん? じゃあ、前かな……」    桐葉の言葉にいちいちどきどきする。尻だの前だの、触ってくれってことかよ。などと思いながらポケットを探る。やっぱり恥ずかしい。手の届く距離にちんこがあるのに触れなくて悶々とする。   「あ、あったぁ。こっちだった」  桐葉はくにゃくにゃした動きで胸ポケットから鍵を取り出した。尻だの前だの適当言わないでほしかった。弄ばれた気分だ。鍵穴にうまく挿せないようで、手伝ってやった。    1DKの部屋だ。玄関は広めで、羨ましいことに靴箱が備え付けてあるが中身はほぼ空だ。ダイニングキッチンがあるけど食卓がない。キッチンの脇にホテルで見るような小さい冷蔵庫があるだけだ。でかい窓があるけどカーテンが付いていなくて外から丸見えだった。それから隣にもう一室。寝室は少しだけ生活感がある。   「ここ、ほんとにお前ン家なんだよな?」  ベッドに寝かそうとすると、桐葉は俺の手をすり抜けてソファで横になった。 「なんでそっちなんだよ。ベッドで寝ろよ」 「そっちは寝にくい。こっちがいい」    桐葉はソファの上で丸まって、寝る体勢に入る。確かにベッドは綺麗なままで、まるで新品のようだった。シーツに皺がない。   「もったいねぇじゃん。こっちで寝ろって」 「やぁだぁ」 「はぁー、なんでこうわがままなのかね。こんなにふかふかで気持ちいのに」 「やなもんはやだ」    桐葉は子供みたいにむずかる。俺はなんだかムキになってしまって、桐葉を抱えて起き上がらせた。桐葉も嫌がって暴れたけど力の差は歴然だ。あっという間に担ぎ上げ、マットレスへ沈み込ませることに成功した。   「どーだ! 大人しくベッドで眠りやがれ……」  俺ははっとする。気づかず、組み敷いた形になってしまった。腕の中、見下ろせばすぐに桐葉がいる。顔が近い。上気した頬、半開きの口、蕩けた瞳。絹糸のような黒髪が真っ白なシーツに散らばっている。    妙な気分になるのは仄暗いせいだ。玄関の明かりだけ点けて、後は暗いままなのだ。それから桐葉の吐息のせいだ。アルコールの匂いがして、すっかり醒めたと思っていた酔いが舞い戻ってくる。  薄い唇の隙間から赤い舌がちらりと覗く。距離は五センチもない。舌を伸ばせば届きそうだ。今なら誰にも邪魔されないし、桐葉も俺を誘っているように見えるし……   「キスしていい?」  わざわざ聞いてしまった。最高にダサい。でも強姦はもっとよくない。残った理性の最後の指示に従ったまでだ。桐葉に本気で嫌われたら俺は立ち直れないだろうから。一応言質を取っておきたかった。    俺は色々と考えて問うたのだけど、桐葉はきょとんと首を傾げてあっさり答えた。 「? すればいいだろ」 「いいの」 「いつもしてんだろ」    桐葉は微笑み、俺の首に手を回してぐいと引き寄せた。こつんと額がぶつかる。 「変なやつだな。いつもはそんなこと言わねぇくせに」    瞬く間に、俺の心拍は馬鹿みたいに逸り出す。体温もみるみる上昇する。全身熱くてたまらない。   「きすしろよ、杉本……」    唇をちょこんと突き出した。やった! これはOKのやつだ! と万歳する余裕もなく、俺は桐葉の唇に噛み付いた。    九年間も恋い焦がれた唇を夢中で舐める。あの頃よりもカサついた唇は、砂糖たっぷりの玉子焼きのような懐かしい味がした。桐葉の息遣い、匂い、歯並びまでもが懐かしい。懐かしさと共に記憶も蘇る。  桐葉の部屋の傷んだ畳と煤けた襖。おばあちゃんのお茶の味。雨上がりの土の香り、風が運ぶ草木の香り、夕暮れ時の寂しさと豆腐売りのラッパの音。全てが瑞々しい風合いを保っている。    桐葉の頭を掴んで押さえ付け、舌を差し入れた。べろべろと舌を擦り合わせ、唾液ごと吸い上げる。桐葉も俺にしがみついて、夢中で舌を伸ばした。   「んむ……ん……」    控えめな声が漏れる。これだ、この感じだ。これが桐葉の口だ。これが桐葉とのキスだ。確か上顎のざらざらしたところが性感帯だった。ゆっくりなぞってやると、案の定腰が揺れた。閉じていた目をかすかに開いて何か訴えかけるが、構わず同じ箇所を責める。表面を掠めるように、優しくじわじわと責める。   「んッ……ふ……」    ぴくん、ぴくん、と桐葉の腰が徐々にせり上がる。兆し始めた自身を俺のモノに押し当てる。わざとなのか、独りでにそうなってしまうのか、腰をカクつかせてちんこを擦り付けた。俺が腰を引いても追いかけるように腰を浮かす。   「おい、勝手に気持ちよくなってんじゃねぇ」  口を離すと銀糸が引いた。桐葉は力なく身を投げたまま、胸を弾ませていた。濡れた唇がいやらしく光った。 「すぎ、もと……もっと、してくれ」    潤む双眸に射抜かれた。我慢できるはずもない。俺は性急に服を脱いだ。桐葉はシャツを脱ぐのに手間取っている。ボタン付きのなんて着てくるからだと思いながら、俺は布を引き千切るほどの勢いでシャツを脱がした。  残すは下着だけだ。あの頃は俺も桐葉も三枚千円で売っているしまむらのトランクスだったけど、今はボクサーパンツを履いている。あの頃、おそらく同年代の男子の全てが憧れていたであろう、ぴたっとしていてかっこいい大人のパンツである。    布の上から鼠径部をつうっと撫でる。桐葉はもどかしそうに俺の名を呼ぶ。腹部から手を差し込み、柔く揉んだ。指先で感触を確かめる。裏筋を撫で、濡れた亀頭をくすぐる。ぷにぷにしていてかわいいのは昔のままだが、サイズ感が明らかに違った。桐葉も雄として成長したのだ。根元も、昔はつるつるだったのに今は生意気に毛なんか生やしている。   「もっと……いっぱい、さわれよ」    やたらと俺を求めてくる。かわいいし嬉しいけど、複雑な思いだ。素面の時はこんなじゃないのに。突き放すような塩対応だったくせに。一体どっちが本当のお前なんだよ。しかし難しいことをごちゃごちゃ考えてる余裕はない。俺だってもっといっぱい触りたくて、触ってほしくて、おかしくなりそうなのだ。    下着を脱がし、股を割る。唾液を塗りたくった指を後孔に挿し入れた。九年ぶりの桐葉のアナルは存外柔らかい。生温かくぬかるんだ内壁がしっとり吸い付いて俺を歓迎する。昔と変わったような変わっていないような、よくわからなかった。  二本、三本と指を増やす。桐葉は痛がる様子もなく、切なげに腰をくねらせている。その光景はやっぱり懐かしくて、俺は念入りに前立腺を弄った。途端に桐葉は身をよじる。白い腹が波を打つ。気持ちいいのと問うと、こくこくうなずいた。   「も、いれろ……おくまで、つけよ」  息を荒げながら乞う。こういうのを殺し文句というのだろう。 「でもまだ、」 「いいから……おまえのがほしい」    するりと、桐葉の手が俺の息子を撫でた。既にがちがちに勃起して、涎をだらだら垂らしている。どうせならお互い気持ちよくなりたかったけど、ここまでされて焦らす馬鹿はいるまい。ごくりと喉が鳴った。  股を限界まで開かせ、いきり立ったちんこを挿入する。肉襞がねっとり絡みつく。きゅむきゅむと食んで、奥へと誘う。思わず声が出た。ぶっ飛びそうなくらい気持ちいい。やはりこいつのケツが、人生史上最高に具合がいい。   「はぁ、どう? きつくねぇ?」  格好つけて気遣ってみたりして。 「ぁ……は、でけぇ」  桐葉は少し苦しそうに笑った。手を伸ばし、俺の髪をくしゃくしゃと撫で回す。   「くく、わたあめみてぇ」  うっとりと目を細める。 「舐めたら甘ぇのか?」 「試してみるか?」 「ん……」    桐葉は髪を一束引っ張って口に含んだ。くちゃくちゃ舐めて、すぐに吐き出した。 「甘くねぇ」 「そらそうだ。お前、ちょっと見ない間に馬鹿になったな」 「でも懐かしい」  そう言って、桐葉は俺の髪に唇を寄せた。   「なぁ、おれのこと、忘れないでいてくれたか?」 「……さぁな。お前こそどうなんだよ。俺の顔、忘れちまってたくせに」 「さァな。そんな昔のこと、覚えてねぇよ」    桐葉は熱心に髪の匂いを嗅いでいる。腰を揺すると、ぴくっと顔を上げた。咎めるように眉を寄せる。   「まだ待て」 「んだよ。さっきは早く入れろってうるさかったくせに」 「癖になる匂いしてるのが悪い」 「そーかよ。ったく、わがままなとこも変わってねぇな!」    ガツンと奥まで突き上げた。衝撃に、桐葉は喉を反らして喘ぐ。文句が飛んできそうだったので、間髪入れずにもう一度突き上げた。結合部がいやらしい水音を奏でる。   「ぅア゛ッ! ばか、急に……ッ、うごくな」 「ぼさっとしてるお前が悪ぃんだよ」 「ひっ、イ、やぁあ゛!? ……そこ、やめ、ッぐ、ぅ、やめ、ろ」 「うそ。深いとこガンガン掘られるの、昔っから大好きだもんな」 「あ゛ぁ……! アッ、ぃやだ、んん……いく、イッ、う゛うぅ!」    桐葉の性器から、ぴゅるっと精液が溢れた。中がぎゅんぎゅん蠢くので、俺もうっかり達しそうになった。ぐっと耐えて、律動を再開する。桐葉は目を剥き、力の入らない腕で精一杯、俺の胸を押し返した。   「やッッ……!? いま、ぁあ゛っ! イッた、んァ、イッ、だ、からぁ……」 「俺ァまだ、イッてねぇ、んだよ!」 「ひィ、いッ! ……あぁア゛、やめ、だめ、また……ッく」 「ッふ、堪え性のないやつ」    いやいや啼きながら、また俺の髪を引っ張る。縋りつくみたいに掴む。俺は腰を大きくグラインドさせ、桐葉の首筋に舌を這わせた。中がどくどくと収縮するのがわかる。火傷しそうなくらい熱かった。桐葉は俺の耳元で一心不乱に喘ぐ。喉仏が成長して渋めの良い声になったくせに、上滑りする嬌声はあの頃と変わらず甘ったるい。   「……ッう、も、出る……出すぞ」    桐葉の腰が激しく跳ねるので、肩口にかじりついて押さえ付け、抱き潰した。孕め孕めと念じつつ、精液を体内に染み込ませる。しばらくそのまま抱き合っていた。  上体を起こし、ちんこを引き抜く。桐葉は目を開けているのもやっとというくらいに眠そうな顔をしていた。口元が緩んで、涎でべとべとしている。まぶたが赤くなっていて、涙を流したのだとわかった。   「なぁ……俺のこと、ほんとに忘れちまってたのかよ」    桐葉の髪をすきながら、柄にもなく湿っぽい台詞を吐いてしまった。桐葉はろくに返事もせず、うんともううんとも付かない声を上げている。酩酊状態の相手に何を尋ねたって無意味だ。そうとわかっていて、「一瞬たりともお前を忘れたことなんかなかったぜ」と返ってくるのを期待した。

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