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第20話 違和①

 時が経つのも忘れてセックスをし、気づいたら退室時刻が迫っていた。過ぎたら延長料金が取られる。慌てて服を着ようとしたら、桐葉に制止された。   「今日はこのまま泊まってこうぜ。フロントに電話して、宿泊に切り替えてもらえ」  腰をさすりながら、掠れた声で指図する。   「でもお金が……」 「金額は大したことない。出せねぇのか?」 「出せねぇこともないけどぉ……」    割り勘じゃだめ? とお願いすると、桐葉はうんざりしたように溜め息をついた。   「てめえ、めちゃくちゃに抱いたくせにホテル代も出せねぇってのか? どんな人生歩んできたんだよ」 「だってぇ、スマホ買い替えるのに金が要るんだもん」    そういえばスマホを充電していたのを思い出す。桐葉を尾行している途中に電源が切れてしまったので、ホテルの充電器を借りていたのだ。数時間ぶりに開いてみて、目を疑う。おびただしい数の着信履歴が画面いっぱいに表示されていた。   「やっ……やっちまった!」    真っ青になって叫ぶ。全部バイト先からの電話だった。頭からすっぽり抜け落ちていたが、シフトが入っていたんだった。慌てて掛け直そうとして、またもや桐葉に制される。   「心配すんな。さっき、お前が風呂入ってた時に電話があって、おれが勝手に説明しといた」 「か、勝手にぃ? 開いたの?」 「いや、画面が光ったから何かと思ってな。あの店長からだろう? 今晩は欠勤になるかもしれないと伝えたら、なんだか嬉しそうだったぞ。ちょっとした宿泊施設で休憩していますと言っただけなんだがな」 「えっ、えぇーっ。そんなん誰がどう聞いてもラブホじゃん、ラブホしかないじゃん。あーこれ、赤石にも秒で伝わるわ」 「なんだ、男と寝てるのがバレるとまずいのか?」    店長にも赤石にも(おそらく亜夜子ちゃんにも)俺たちの関係がバレていて、しかも応援されているということを正直に話した。お前の知らないところで知れ渡っちゃってごめんね、と謝る。   「でもな、お前のせいでもあるんだぜ? 最初寝た日、キスマークなんか付けるから」 「そんなことしたか? 記憶にねぇ」 「うっそだろ!? あれのせいで諸々バレたんだぞ。え、じゃあ何、無意識のうちにキスマーク付けてたのかよ」 「……さァな」  くくっと含み笑いをした。    シャワーを浴びてさっぱりした後、二人でベッドに入る。どんな体勢で寝ようかと迷ったが、密着もせず離れすぎもしない微妙な距離感に落ち着いた。腕枕とかするのかなぁと俺はひそかに思っていたけど、桐葉がどうにも素っ気ない。さながら、飼い主のそばで暖を取りたいけど手は出されたくない、飼われ始めて日の浅い猫のようである。   「さっきまではあんなにかわいかったのに」    背後から抱きしめようとして跳ね除けられた。桐葉は向こうを向いたまま布団に深く潜る。俺は諦めて天井を見る。エアコンで適温に保たれた室内、お飾りの窓、開かない扉。非日常空間に閉じ込められている。。   「……起きてる?」    桐葉の背中に話しかける。声がしない。   「この前、な。酷いことしてごめんな」 「……おれも、わざと怒らせるようなことを言って悪かった」 「起きてるなら起きてるって言えよ」    お互い小声でぼそぼそと語らった。ピロートークと呼ぶには味気ない、ただの寝物語だ。   「セックスの相手が尽きなかったっての、マジなのか」 「まぁ、多少盛ってはいる。気にするほどのことじゃない。普通の恋愛遍歴だ」 「気になるじゃん」 「お前、今度この話をしたらぶっ殺すとか言ってなかったか」 「それこそ盛ってるから。売り言葉に買い言葉的な? 嘘に決まってんだろ」    桐葉はフンと鼻を鳴らし、足をもぞもぞさせた。   「お前こそ、高校でさぞかしモテたんだろうな」 「俺だって普通だよ。特別モテるとかじゃ……それに、付き合っても毎回長続きしねぇし」 「嘘をつくな。赤石が、杉本はモテると言っていた。合コン連れてくと女を全部取られちまうとか、まさに入れ食い状態だとか……」 「それも盛ってるから! あいつの言うこと真に受けんなよな」    とはいえ半分くらいは事実である。赤石のやつ、それで合コンに誘ってくれなくなったのか。   「これからはお前だけだから。信じろよ」 「信じるも信じないも、もし一回でも浮気したら即行で別れてやるからな」 「浮気なんかしねぇって」  それからすぐに眠りについた。    翌朝、桐葉に合わせて早朝の電車で帰宅した。一旦帰宅してスーツに着替えてから職場へ向かうのだろう。俺はまず二度寝に勤しんだ後、再度スマホを買い替えに行った。  バイト先へ早めに顔を出すと店長と赤石が待っていて、事の顛末を根掘り葉掘り喋らされた。二人は手放しで祝福してくれたが、無断欠勤の罰として一日無給で働くことになったし、俺の代わりに働いてくれた赤石には飯を奢ることになった。    とりあえず正式に付き合うことになったので、亜夜子ちゃんにも堂々と紹介した。桐葉は女も子供も苦手なのだが、不在がちの父親に代わりおばあちゃんと暮らしている亜夜子ちゃんには親近感を抱いたらしく、徐々に打ち解けていった。  時々俺に黙って喫茶椿に赴いては、亜夜子ちゃんのコーヒーを嗜んでいるらしかった。亜夜子ちゃんいわく、口数は少ないがとても美味そうにコーヒーを飲むらしい。    さて、とりあえず正式に付き合うことになったものの、生活リズムが違うせいかほとんど週末の夜しか会わず、もっぱらセックスばかりしている。これでは以前と何ら変わりない。こんなことでいいのだろうか。普通の恋人っぽいこと、一般的なデートってどんなものだっけ。俺は初恋を知ったばかりのガキみたいに悩んでいた。    誰かに教示してもらいたい。素人童貞の赤石は当てにならないし、店長とは少々ジェネレーションギャップがある。定番のデートについて尋ねた時「クラブかディスコだろ」との回答が飛び出したのには面食らった。  そこで白羽の矢が立ったのはもう一人のアルバイト、吉原くんである。吉原は近所の大学に通っている学生だ。他にもバイトを掛け持ちしていて、結構な額を稼いでいるらしい。   「吉原くんは、彼女いるんだよね」  バイトからの帰り、駅までの短い道のりの中でさりげなく会話に持ち込んだ。最近の大学生はどんなデートしてるの? などという話から話題を広げる。   「実はさぁ、俺も最近付き合い始めた子がいるんだけど、こーんな大都会でどんなデートをすればいいのかわかんなくてさ。吉原くんにちょっと教えてもらいたいなぁ、なんて思ってんのよ」 「あぁ、確かに赤石さんじゃ当てにならないですからね。店長も色々と古いですし」  吉原は苦笑する。   「デートと言えば、やっぱりディズニーですかね。ハロウィン終わったばっかりなので空いてるかもですよ。あっでも、付き合いたてで行くのはだめかも……」 「だめなの?」 「はい、付き合い初めにディズニーデートすると別れるってよく言いませんか。待ち時間に話すことなくなって喧嘩したりとか、実際そういう友達がいました」    なるほどねとうなずきながら、俺たちにはその心配はなさそうだなと思う。しかしディズニーは高級すぎる。高校時代に一度行ったが、最初から最後まで財布の心配をしていた。チケットがまず高いし、何を食うにも買うにも迷う。今は自分で稼いでいるのでまだいいが、あの頃は少ないお小遣いでやりくりしていたから大変だった。   「もっと身近でってなると、こっちも定番ですけど、サンシャインシティは一日潰せるので楽ですよ。買い物も食事もできて、遊べる施設も色々入ってて、展望台から夜景も見られるんで、一石四鳥ってとこですね」    桐葉と二人でサンシャインシティを歩く様を思い浮かべ、ありえないだろと内心ツッコミを入れた。そもそもあいつ、ショッピングなんてするのだろうか。そういえば水族館が屋上に入っていた気がするが、そこなら男二人でも行けるか? どうだろう。   「個人的な話をさせてもらうと、彼女が映画好きなんでオレたちは映画館ばっかり行ってますよ。他にも、美術館が好きで美術館ばっかり行ってるとか、野球観戦ばっかりしてるとか、そういう知り合いもいます。難しく考えなくても、彼女さんの趣味に合わせて計画するのが一番いいんじゃないですか?」    吉原は曇りなき眼で正論を噛ます。   「その彼女さんの趣味がわかんないから困ってるんだ。自分のこと話したがらなくてさ、仕事も忙しいみたいであんまり暇がなくて」  それで夜のお付き合いばかりになっちゃってるわけだけど。   「バリバリのキャリアウーマンなんですか?」 「そうなんだよ。俺なんかより全然稼ぎがよくてさ、参っちまうよな」 「まぁでも、将来を思えば安心じゃないですか。杉本さんフリーターだけど、結婚して主夫になる選択肢もあるわけで。バランス取れてると思いますよ」    逆立ちしても結婚はできないけど、もしも同棲することになったら俺が仕事を辞めるのだろうかと考える。そんなつもりは毛頭ないが、どちらかが辞めなきゃいけなくなったら順当に俺が辞めるのだろうな。毎晩味噌汁を作って桐葉の帰りを待つのだろうか。それはそれで、一種の幸福の形であろうと思う。

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