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再び生きる
隣を見ると、和馬が静かな寝息を立てていた。しばらくその寝顔を見ていたが、急に触れたくなってそっと和馬の髪に手を伸ばした。ゆっくりと髪を梳く。
ひとしきり髪で遊んだ後、頭にキスを落として、和馬を起こさないようにベッドから降りた。
和馬の鞄から、携帯電話を取り出した。目的の番号を探し当てて、画面を押してから、耳に当てる。監禁生活だったので、携帯電話などもちろん持たせてもらえなかった。和馬からの電話となるが、きっと相手は自分だと分かっているに違いない。
明け方近い時間にも関わらず、ほんの数コールで相手が電話に出た。黙ったままの相手に煌生が口を開く。
「……俺やけど」
『……元気にしとったか』
「おん……」
そこで、しばらく沈黙が続いた。どう切り出そうかと考えているところに、受話器の向こうから自分を呼ぶ声がした。
『……煌生』
「……はい」
『覚悟はできたんか?』
「……おん」
『そうか』
「やけど……条件がある」
『……なんや』
「カズを俺の隣に付けたい」
受話器の向こうで笑う気配がした。
『わしが言わんでも、あいつはお前から死んでも離れんわ』
「もう1つ」
『……言うてみぃ』
「カズと養子縁組したい」
『…………』
数秒の沈黙が2人の間に流れる。その沈黙を静かに破ったのは父親だった。
『……のお』
「…………」
『お前、それがどういうことか分かっとんのやろうな』
「分かっとる」
『……守れる自信あるか』
「ある」
『……なら、勝手にせえ』
「おん……親父」
『なんや』
「ありがとう」
『…………』
「今までごめん」
『…………』
顔は見えないが。煌生にはよく分かる。受話器の向こう側で、今、親父は笑っている。親不孝者の息子が生まれて初めて素直になった瞬間を、何とも言えない顔で喜んでいるだろう。
今なら理解できる。親父が和馬と養子縁組しなかった理由。きっと昔から、煌生の中にある、和馬への兄弟とは違う感情に気付いていたのだと。
『煌生』
「はい」
『明日、和馬と事務所へ来い』
「おん」
『言うとくが簡単やないからな。お前が継ぐんはまだまだ先や』
「……分かっとる」
『ほなな』
「おん」
静寂が戻ってきた。しばらくの間、携帯の画面から浮かび上がる明かりをじっと見ていた。
ふっと画面が暗くなる。後ろに気配を感じた。
「……起こしてもうたか?」
「おん……」
背中から回ってきた腕が優しく煌生を包んだ。背中に感じる温かい息遣いに、煌生は集中して目を閉じる。長い間、そうしていた。ずっと煌生に体を寄り添わせていた和馬が、ふと呟いた。
「俺は、死んでも離れんからな」
煌生は微笑して、和馬の腕に自分の手を添えた。
「……死んだって離さへんわ」
和馬が、背中で笑った気配がした。
空が白み始め、部屋の暗闇が少しずつ消えていく。朝の始まりを知らせる鳥たちの声が遠くから届くのを、ただ2人で聞いていた。
【完】
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