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第44話 ②

 それを聞いて、俺は慌てて手を下ろした。本当は離したかったが、ルカス陛下が握っている力もまた強かったし、振りほどくのも躊躇われたのだ。仲が良いのを否定してはまずいからだ。ただ内心では、『これは仲の良いフリなんだ!』と叫んで回りたくなる。改めて周囲に言われると、恋人扱いされると、照れてしまうのだ。何せ俺と陛下は、陛下の一目惚れからの、恋愛による婚約関係という事になっているのであるから……なんというか……。しかし俺の凡庸な外見に一目惚れというのは、今更だが説得力が無さすぎるだろう。  その後、橋を渡り終えて、俺達は式典に臨んだ。俺は椅子に座っているだけだった。陛下も隣に座っていたが、伯爵の挨拶後に、お祝いの言葉を述べるため、立ち上がった。そして、凛と響く声で、橋や水路、領地について語っていた。俺は視線を向けながら、毎朝寝ぼけて動揺している姿とは全然違い――やはり本当に国王陛下なのだなぁと改めて思ってしまった。俺がついうっかり書類を直したりしなければ、決してこのように直接隣に並ぶ事は無かった相手だ。雲の上の存在だ。そう考えると、何故なのか複雑な心境になった。  式典後は、再び手を繋ぎ馬車まで向かって、その後、昼食を兼ねた次の視察先へと向かった。この領地は養鶏が盛んであるらしく、鶏肉は昨晩もご馳走になったのだが、本日は卵料理を振舞ってもらう事になっていた。領地の人々も大勢いる。 「これ、本当に茹で卵?」 「そうだと思うが? どうかしたのか?」  一口食べて硬直した俺を、不思議そうに陛下が見た。 「美味しすぎる……! これが茹で卵なら、俺が茹で卵だと思っていた食べ物は、何か違うものだったのかと思うくらい、美味しい。卵なのに、なに、この卵」  動揺しながら俺が言うと、周囲にいた人々が楽しそうに笑う気配がした。そこで俺は我に返り、俯いた。ルカス陛下も笑っている。 「それだけ丹精を込め、丁寧に、大切に、育てているのだろうな――妃が気に入って何よりだ。今後もぜひ、美味しい鶏や卵を頼むぞ」 「勿体無いお言葉です、陛下」  その後も美味しい食事を沢山味わってから、伯爵の邸宅へと俺達は戻った。  この日の夜は――昨夜眠れなかった事も手伝い、俺は爆睡してしまった。 「ん」  翌朝目を覚ますと、ルカス陛下は本日も俺を抱き枕にしていた。陛下も昨日は熟睡したらしい。だが、俺達はほぼ同時に目を開けたようだった。そのままお互い驚いて、しばしの間、視線を合わせていた。すると――不意に陛下が微笑んだ。 「朝、こうしてお前の顔を見るのは、そう悪い事ではないな」 「俺もだんだん、抱き枕にされる事に慣れてきました」  ただ、いつか、そうだなぁ誕生日にでも、抱き枕をプレゼントしたいと考えている。  ――このようにして、俺達は視察を終え、馬車にて王都へと帰る事になった。  見送ってくれた伯爵に別れを告げてから、また来たいなと俺は感じた。

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