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第50話 「やり直したい」
夜会から帰り、俺の部屋へと戻ると――ルカス陛下がレストに言った。
「俺が着替えを手伝うから、今日はもう下がってくれ」
「陛下……」
「なんだ?」
「ご武運を」
「ち、違――わ、な、いが……あ、ああ……」
クスクスと笑い、レストは俺と陛下にそれぞれ一礼してから帰っていった。ソファに座り、リボンに手をかけながら、俺は深く息を吐く。初めての夜会は、若干気疲れしたものの、思ったよりも面白かった。
「脱ぐか?」
すると鍵をかけた陛下が、鍵を三度見しながら俺に聞いた。何故そんなに鍵を意識しているのだろうか。なお、俺は上手く着る事は出来ないが、自分で脱ぐ事は可能だ。
「もうちょっとしたら着替えます。陛下も着替えてきては?」
「奥のクローゼットには俺の服も入っているだろう? いくつか」
「あんまりよく見てなくて。確かに大きいサイズの豪華な服、あったかもなぁ」
そんなやりとりをしながら、俺はテーブルの上にあったポットからお茶を注いだ。二つカップがあったので、片方を陛下に差し出す。鍵の確認が終わったらしい陛下は、俺の横に丁度座った。
「オルガ、話がある」
「はい? ミルクなら、無いですよ?」
「違う。俺は、ずっと考えていたんだ」
「何を? 勿体ぶらないで、はっきりお願いします」
聞いてから、俺はカップを傾けた。すると両手の指を組んで、膝の上に置いた陛下が俺を見た。
「やり直したい」
「?」
「幸いまだお前は、『候補』だからな。やり直せる」
「え」
まさか、お妃様候補を解雇するという意味だろうか? 全く上辺からは見えなかったが、陛下はあの麗しい天使のようなユーディス殿下が好きになってしまったのだろうか? そういえば過去にもショタコン疑惑を抱いたような記憶はある。考えてみると、子供相手なのに、ムキになってキスも阻止していたな。そう考えたら、ズキンと胸が痛んだ。
「俺はオルガが好きだ。だから、俺と結婚して欲しい。俺の妃になってくれ」
「――え?」
「お前が妃候補となったから結婚するんじゃない。他の物事を理由に結婚するのでもない。お前が正しすぎた事も、もう今となってはただの出会いの契機だ」
「陛下、待ってくれ、やり直すって何を?」
「プロポーズだ!」
「!!」
俺は衝撃を受けた。ぽかんと目を見開き、落として割りそうになったので、慎重にカップをテーブルに置く。
「俺、てっきり、お妃様候補をクビになるんだとばかり……」
「濁すな。答えを聞かせてくれ」
「……」
嬉しくて俺は満面の笑みを浮かべてしまっている。にやけてしまう。頬が緩むのを止められない。嬉しさを噛み殺そうとしているせいで、言葉が上手く出てこないほどだ。勿論、答えなんて決まっている。こんなに嬉しいと感じるのだから、俺の気持ちはやはり――ルカス陛下が好きで間違いない。
「あの」
「なんだ?」
「俺のどこが好きなんだ?」
にっやにやしながら、俺は思わず聞いてしまった。好きな人に好きだと言われたら、まずはこれを聞こうと小さい頃から夢見てきたのである。
「真面目で素直な所だな。性格に惹かれた」
「抽象的すぎる。もっと具体的には?」
「え? そ、そうだな……茹で卵に感動している姿だとか」
「そこは、ほら、もっとこうロマンティックに、水を見ていた俺の眼差しとか言ってください!」
「あ、ああ。水を見ていたオルガの豊かな表情にも心を打たれたが……おい、答えは?」
「そんなのは決まってるじゃないですか。それより、もっと他は?」
「決まっている? きちんと教えてくれ」
「陛下はバカだなぁ」
「お前に言われたくない。だがそんなバカな所も愛おしい」
――愛おしい!
さらりと言われて、俺は更に照れた。幸せすぎて胸が暖かい。まるでお酒を飲んだ時のような気分だ。
「俺も愛おしいです!」
「っ、それは、俺の妃になってくれるという事で良いんだな?」
「もしかして、もう俺には、断る権利があるんですか?」
「……どうしても嫌だというのなら、影武者を立てよう」
「嫌じゃないです! 俺もルカス陛下が好きだから!」
言ってしまった。仕方が無い。俺は、仕事ではなく、これからは恋に生きるのだ――というのは、少し語弊があるかもしれないが。
「オルガは俺のどこが好きなんだ?」
「え? 体温とか」
「体温?」
「好きになるのって、理由いりますか? 気がついたら好きだったんだよなぁ」
「――俺は必ずしもいらないと思うが、オルガは俺に聞いたじゃないか」
「だって聞きたかったから」
「今ならば、いくらでも出てくるが」
ルカス陛下はそう言うと、細く長く吐息をしてから、俺に向き直った。
「俺達は、相思相愛という事だな」
「うん……嬉しいなぁ、これ。俺、誰かと告白し合ったのなんて、初めてだ」
「その言い方だと、俺が相手でなくても良かった様に聞こえるぞ」
「勿論、ルカス陛下だから、より嬉しいです。なんて言っても、好きな人だからなぁ」
「好きな人……っ、あ、ああ。確かに、これは嬉しいな」
そう言った陛下は、頬に朱を指した。それを見ていたら、俺は更にニコニコしてしまった。顔が蕩けそうで困ってしまう。そんな俺の首元に、ルカス陛下が手を伸ばした。そしてリボンの紐に手をかける。
「その――手伝うというか、脱がせても良いか? 鍵もかけたし、宰相のような邪魔も入らないだろう、今夜は」
「あ、脱ぐのは自分で出来ます」
「そう言う事ではなくて……俺達はなんだ?」
「相思相愛です!」
「そ、それは、そうなんだ。だ、だから? その後、相思相愛の恋人同士の場合、どうなる?」
それを聞いて、俺は首を傾げた。髪が肩に触れた。
……両片想い、相思相愛、恋人同士、そして俺達の場合は結婚となるのだろう。
「俺がお妃様になります!」
「それもその通りだ。違う、もっと、だ、だから! 大きい目で見るのではなくて――分かった、言い方を変えよう。恋人同士が、夜、二人きりで部屋に居て、他に誰も来ない場合、どういった事態が発生すると思う?」
俺は、今度は逆側に首を傾げた。
「え? そんなもの、押し倒してヤるに決まってるじゃないですか!」
「そう! それが言いたかったんだ!」
ルカス陛下はホッとしたように吐息してから、大きく頷いた。
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